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マムート(MAMMUT)

マムート(MAMMUT)好日山荘WebShop本店 マムート(MAMMUT)

1862年 Kaspar Tannerがレンツブルクに近いディンティコンに伝統的なロープ工場を建て、会社の基礎を築きました。

今日、マムート スポーツ グループは、登山、アウトドアレジャー、スノースポーツ製品の開発、製造、販売をしている革新的な会社です。
 200人が働いているスイスのセオンにある中央拠点に加えて(1992年~)、マムート グループは世界中に支店、子会社があります。
グローバルな販売を広い範囲に及ぶ支店、子会社のネットワークが行っています。

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ブランドの特長

昔ながらのロープ製造工場から、ウエア、ブーツ、その他登山やアウトドアレジャーのための装備を開発、製造、販売するモダンで進歩的な会社へ。

≪ 今日 ≫

今日マムート スポーツ グループは売上の70%を外国で上げています。 過去12年にわたって、その総収入は2,500万スイスフランから約1億9,260万スイスフランに増加しました。 売上高の約50%が衣料で占められていますが、クライミングロープもまた重要な分野で、マムートは世界のクライミングロープマーケットでリーディングブランドの1つとして大きなシェアを占めています。

ロープは現在でもスイスチューリッヒ郊外のセオンでのみ製造されています。"Made in Switzerland"は品質と信頼の保証です。ロープ製造の長い伝統と、ウエア、スリーピングバッグ、マウンテニアリングブーツ、アクセサリーの領域で何十年にもわたる製造の経験と専門家達の深い知識によりマムート製品の品質は支えられています。それと並んでマムートは、製品の開発に参加する数多くのアスリート達からの定期的なフィードバックにも大きな信頼を置いています。

ターゲット市場にマッチした製品だけではなく、 広告キャンペーン、念入りにデザインされたカタログ、活躍中の著名な登山家や関連機関との長年にわたる協力などのマーケティング活動に重点をおくことによっても、会社の成功はもたらされました。

マーケティングに関して言えば、いつもマムートは新しい道を探っています。エベレストに登ろうという80歳のMaryWoodbridgeを主役に成功した画期的なキャンペーンに続き、2008年からのキャンペーンはテストイベントを中心に展開されています。マムート広告で人目をひく映像シリーズ、例えば標高2,700メートルの睡眠実験室や、アイガー氷河でアンダーウエアを着た200人の行列、あるいはFurkaPass(フルカ峠)、“kleinesKamel”の上の30人の山岳ガイドなどです。これらの映像に出る人々はウェブサイトwww.mammut.ch/basecampで参加を申し込み、写真撮影と充実した週末を過ごしたのです。

これが伝統的な小さな家内工業から、アルパイングッズ、アウトドア用品市場で主要なプレーヤーのひとつに数えられる近代的、革新的な会社になった経緯です。約300人の従業員を有し、ドイツ、ノルウェー、日本、合衆国に子会社を持ち、世界規模の販売ネットワークとインフラに多くの投資を行うなど、マムートスポーツグループ(株)は、さらに高いステップにのぼる準備を整えています。

≪ 2010年 ≫

TOKO(R) 2003年にMammutSportsGroupAG(マムートスポーツグループAG)に統合されたTokoAG(トコAG)は、2010年SwixSportAS(スウィックススポーツAS)よって引継がれ、新社名Toko-SwixSportAG(トコスウィックススポーツAG)となる。

≪ 2009年 ≫

Raichle SINCE1909 FootWearTechnology(ラーケン フットウェアテクノロジー) 約100年の歴史を持つライケルブランドのテクノロジーはマムートブーツの品質を支えています。

MAMMUT STORE(マムートストア)

ドイツにおけるマムート第3号店が首都ベルリン、アレクサンダー広場の地下鉄アーチ下にオープンしました。

売り場面積300m2 の世界最大のマムートストアが、2009年半ばスイスのチューリッヒにオープンしました。

東京に続き、マムートは神戸に日本第2号店をオープンしました。

マムートは日本のウィンタースポーツのパラダイス、札幌にも店舗をオープンしました。

スイス3番目のマムート ストアが2009年レーゲンスブルクの中心にオープンしました。

日本で第4番目のマムート ストアが、仙台にオープンしました。

マムートストアはスイスの真中にもオープンしました。 マムートの製品は現在ルツェルンの旧市街で買えます。

もうひとつのマムートストアが、スイスの首都ベルンの中心、チェートクロッケ時計塔のとなりで発見されるのを待っています。

≪ 2008年 ≫

myclimate Klimaneutral+++ClimateNeutral(マイクライメイト クライメイトニュートラル) 2008年1月から、マムートのロープは【クライメイトニュートラル】になりました。

■クライメイトニュートラルロープ

クライメイトニュートラルなロープの製造
2008年夏から、マムートスポーツグループ(株)はロープ製造から生じる年間280トンの二酸化炭素排出量を自然を守る行動を通して相殺してきました。結果として、ロープはクライメイトニュートラルです。この素早い行動は、当社の環境保護の責任履行への第1歩を意図しています。 当社のゴールは、環境を壊さず利用可能で環境に優しい製造工程を打ち立てることです。

オフセット
マムートのロープ製造からでる二酸化炭素排出量は、スイスにルーツのある組織で、二酸化炭素排出相殺手段の主導的なプロバイダーであるmyclimate(マイクライメイト)を通してオフセットされます。マムートの貢献は、WallisAlps(ウォリスアルプス)の新しいMonteRoseSAC(モンテローズSAC)山小屋を含め、プロジェクトの全範囲に及びます。この山小屋はエネルギーに関してできるだけ自足自給にすることを目指し、最新の構造と建築技術を用いて再建中です。電力と熱はソーラーエネルギー、太陽光発電エネルギー、加熱ブロックステーションによって供給。余分なエネルギーは、曇った日でも中断のない電力供給が保証されるように電池に貯蔵されます。

MAMMUT STORE(マムートストア)

ケンプテンでの成功に続いて、マムートはドイツ第2の店舗をバート テルツにオープンしました。

日本最初のマムート ストアが、首都東京にそのドアをオープンしました。

≪ 2007年 ≫

マムートはLucido(R)(ルシード)ブランドをオイラスブルク(ドイツ)のInviaSportartikelVertriebsGmbHから買収しました。Lucido(R)(ルシード)は革新的で高品質のヘッドランプやトーチを製造、ランプテクノロジーにおいてマーケットをリードしており、マムートスポーツグループ(株)の製品ラインとぴったり一致しています。我々はアウトドアレジャー部門で素晴らしいヘッドランプの品揃えをもう一度拡大するつもりです。Lucido(R)(ルシード)の製品管理と開発はマムートスポーツグループ(株)のスイス本社に一体化され、そこでさらなる開発がとりまとめられています。

■ヘッドランプ

Light under Control
我々の使命は≪Light under Control (制御したライト)≫、それはすぐマムートのすべてのヘッドランプでわかることです。最先端を行くLucido(R)LightingTechnology(ルシードライティングテクノロジー)は、マムートのヘッドランプに競争力を与えています。マムートのヘッドランプは効率性、エミッション、照明範囲を完全にコントロールし、もっとも能力が試される状況下でその信頼性と使い安さを実証します。当社の各LEDが特別にセレクトされ、その使用において最も高いパーフォーマンスを提供します。当社の最先端電子技術に加えて、マムートのヘッドランプは実用的な機能が組み合わされ、あらゆるアウトドアの企てであなたの信頼のできるコンパニオンです。暗いところでも決して迷わない!

MAMMUT STORE(マムートストア)

最初のマムート ストアがドイツのケンプテンの中心にオープンしました。

2007年、マムートはバーゼルにもう1軒店舗をオープンしました。

2006年7月1日、新しい販売組織"MammutSportsGroupBeneluxBV(マムートスポーツグループベネルクスBV)"が発足、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクの国々への販売をさらに強化。1988年以来、ベネルクス諸国における市場は今日のマネージングディレクター、Ron and Deborah van der Brugge(ロン アンド デボラ バン デア ブリュッヘ)とセオンのマムートスポーツグループ本社と協同で開発されてきました。

2006年冬シーズンにマムートは、ユニークで今までに例のないアバランチビーコンを市場に出しました。IPSOアウトドア賞とボルボ デザイン賞を受賞したPULSE Barryvox(R)(パルス バリーボックス)は洗練されたテクノロジーを誇り、しかも極めて簡単に使えます。見やすいディスプレイ、360度の方向指示、正確なデータの伝送は、迅速、簡単かつ効率的な雪崩遭遇者の位置特定に役立ちます。

■Barryvox(LVS)(バリーボックス / ビーコン)

メイド イン スイス
スイスの伝統の持つ説得力。パルスは、世界に誇るスイスの精密機器の由緒ある技術から生み出されています。デザインからエンジニアリング、製造にいたるまで、PULSE Barryvox(R)(パルス バリーボックス)は全てスイスで作られています。

2006年冬にマムートは、オレンジとインクブルーのカラーコンビネーションを特徴とするMammutExtreme(マムートエクストゥリーム)シリーズに、8種類のウエアのNEWモデルと新しいリュックサックのコレクションを投入しました。8つの新しいExtremeWear(エクストゥリームウエア)は、ありとあらゆる機能とディテールに最新の素材、デザイン、製造テクノロジーが組み込まれ、いつものように当社後援のアスリートとの緊密な共同で開発されました。コレクションは4つのジャケットとズボンからなっており、ソフトシェル、ハイブリッド、2レイヤー/3レイヤーGORE-TEX(R)などの素材が使われています。ジャケットはすべて、新しいスタイルのフードソリューション、MammutAdvancedPeripheryHood(M.A.P.フード / マムートアドゥバンストペリフェリーフード)を装備しています。M.A.Pフードは、顔を回したときの視界を妨げません。マウンテンジャケットはすべて、長めの背面で腰回りのプロテクションを強化しています。ExtremeJacket(エクストゥリームジャケット)すべてに数多くのポケット、脇下ベンチレーション、チンプロテクション、その他たくさんの便利な機能がついていることは言うまでもありません。

≪ 2006年 ≫

マムートスポーツグループ(株)が注目をひいたのは、その製品だけではありませんでした。2006年の夏、MaryWoodbridge(メアリーウッドブリジ)を中心とした広報キャンペーンがマーケティングの大きな成功をおさめ、数々の国際的マーケティング賞を受けました。愛犬のダックスフント、デイジーと一緒にエベレストに登ろうという85歳のイギリス人女性の話は、新聞やフォーラム、ラジオ、世界中のオンラインニュースポータルのトップ記事となりました。このユニークな広告キャンペーンで、マムートはその装備のクオリティーに世界中の登山家の注目を引きつけました。このグローバルなクロスメディアキャンペーンにおいて、このスイスの山岳スポーツ用具製造会社はクライマーに、良質の素材は常識の欠如を引き起こすと警告しました。85歳のキャンペーンオールドスターが、マムートのジャケットを買って、突然エベレストに登りたくなったように、です。
このキャンペーンは数多くの賞で称賛されました。MaryWoodbridge(メアリーウッドブリジ)はスイス広告映画賞(EDIAward(EDIアワード))、スイスマーケティングトロフィー、クロスメディア賞、Epica(エピカ)賞、スイスのADC、ドイツのADC銅賞、ニューヨークフェスティバル銀賞を受賞しました。

≪ 2003年 ≫

Raichle(R)(ライケル)SAFE ON EVERY GROUND 2003年4月、マムートは歴史あるスイスの登山・トレッキングシューズブランド、Raichle(R)(ライケル)を吸収しました。もともとスイスのクロイツリンゲンを本拠地とするこの会社は、1995年にオーストリアのスキーを専門とするKneissl and Friends(クナイスル&フレンズ)に吸収されていました。マムートの買収によってRaichle(R)(ライケル)はスイスに戻り、会社の領域はアルパインスポーツとアウトドアレジャーの部門に理想的にまとめられました。ライケルの製品管理とテクノロジーセンターは未だスイスのフラウエンフェルトにあり、ロジスティック、販売、コミュニケーション部門は、セオンの本社で運営されています。
これらの買収に続いてMammutAG(マムートAG)は社名をMammutSportsGroupAG(マムートスポーツグループAG)に変更しました。そのブランドにはMammut(マムート), Ajungilak sleeping bags(アユンギラックスリーピングバック), Toko wax and care products(トコ/ワックス&プロダクト)、Raichle(R)(ライケル)が属していました。

この年、ノルウェーのスリーピングバッグメーカーAjungilak(アユンギラック)が創立150年を祝いました。この会社は、多数の歴史的出来事と革新的アイディアで際立った長い伝統を振り返ることができます。この会社の寝袋はエクスペディションでの数々の冒険に伴われ、イヌイット語で「快眠」を意味する名前は誇りとなっています。

≪ 2002年 ≫

TOKO(R) この年、Swiss Conzzeta Holding groupに所属する2つの会社、セオンのMammutAG(マムートAG)、そしてアルトシュテッテンのTokoAG(トコAG / スキーワックスとケア製品)が、共同で市場を開拓すると言う観点から、販売及びファイナンス、ロジスティック部門の合併を決定し、2003年5月1日までにセオンにあるMammutAG(マムートAG)において合併される事となりました。その目的とするところは、セールスとロジスティックにおける相乗効果から、国際市場におけるより強力な存在感を築き上げることです。

≪ 2001年 ≫

Ajungilak Since1866 ComfortTechnology(アユンギラック 1866年創業 コンフォートテクノロジー) この年MammutAG(マムートAG)は、ノルウェーのスリーピングバッグ専門メーカーAjungilak(アユンギラック)を買収し、最高品質の寝袋と断熱マットを含む領域に進出しました。Ajungilak(アユンギラック)は1855年に、ベッド用品を専門とする会社として創立され、1997年からはアウトドアレジャーに集中的に取り組んできました。マムートの製品と同じように、これらの製品は極端に厳しい条件で使用される事を前提に最も難しい要求を満たしており、際立ったイメージを勝ち得ています。今日Ajungilak(アユンギラック)のブランドはスイス本社で管理され、ノルウェーでは子会社のAjungilak SA(アユンギラックSA)がマーケティング会社の立場で活動しています。2003年、定評あるAjungilak(アユンギラック)のテクノロジーを使ってマムートのウエアとして初めてダウンや化学繊維の中綿の入ったジャケットとボディウォーマーを市場に出しました。

≪ 2000年 ≫

ClimbHigh(クライムハイ) USA市場での立場を強固にするため、2000年末MammutAG(マムートAG)は北アメリカの山岳スポーツとアウトドア専門販売業者、シェルボーン(ベルモント州)のClimbHigh(クライムハイ)社を買収しました。ClimbHigh(クライムハイ)は1972年にオーストリアのクライマーで登山家のHelmutLenes(ヘルムート・レーネス)によって創立され、まもなくヨーロッパのクライミング用および登山用装備の合衆国最大の販売業者に成長しました。

≪ 1990年 ≫

業務はセオン(アールガウ州)にある新しい施設で開始され、1992年までに会社の組織と生産体制が整いました。 新しい本社は106,000 m3、各階21,000 m2 の面積に拡大され、この総合施設は、モダンなオフィスブロック、完全自動の立体倉庫、社内配送センター、2つのロープやテープ製造工場ビルディングから成っています。この敷地で約200人の従業員が、ロープ等の生産、年間900トンの繊維製品の加工、仕上げ、販売を行っています。

1990年、マムートは初の"Mammut Extreme(マムートエクストリーム)"ウエアを発表しました。これはユニークな製造テクニック、革新的な素材、そして印象的なインクブルーとオレンジが特徴のシリーズで、国際市場においてブランドの認識と支持をさらに増大させる上で重要なな役割を演じました。

≪ 1989年 ≫

この年、マムートは南ドイツのメミンゲンに子会社を設立しました。この会社はドイツでの販売拠点として、又最大の輸出基地として今も重要な役割を果たしています。マムートはまたリュックサックの専門メーカーでスイス、ヴェーデンスヴィルの FÜRST AGを買収、1990年にAROVA-MAMMUTに統合しました。

≪ 1984年 ≫

1984年1月1日、Arova Lenzburg AG(アロワレンツブルクAG)はArova-Mammut AG.(アロワマムートAG)に社名変更しました。マムートブランドは1943年に "The expression of excellent quality"(優れた品質の表現)というモットーをもって紹介されました。1955年からこの名前は登山ロープ - MAMMUT-Everest -(マンモスのように強いロープ!)に使われ、すぐさまベストセラーになりました。

スポーツ用具でよく知られるようになったマムートの名前が社名の一部に適用され、同時に今までの取引先に馴染みのあるArova(アロワ)も社名の一部として残りました。

≪ 1982年 ≫

チューリッヒに中枢のあるSwiss ZÜrcher Ziegeleien (ZZ) groupのメンバーになりました - このグループは現在Conzzetaとなっています。

≪ 1981年 ≫

最新の製造技術と、革新的な開発力による、ユニークで優れた品質の製品は、Arova-Lenzburg AG(アロワレンツブルクAG)の名を世界のアルパイン用具マーケットで優れたものにしました。 数々のクライマーがこのブランドに信頼をおき、マムート製品は多くの登山家やクライマーの極限のエクスペディションに伴われました。 そして会社独自のブランドの拡大に集中し、以前からのビジネスパートナーと決別する決定がなされました。

Arova-Lenzburg AG(アロワレンツブルクAG)は十分な時間をかけて開発した最初の衣料と寝袋の "Mammut Collection"(マムートコレクション) を1981年に発表し、1984年までに多くのツーリングジャケット、クライミングパンツ、フリースジャケットを市場に紹介しました。1980年代半ばにマムートは、スイスのテキスタイル専門メーカーSchoeller(ショーラー)と共に、縦横2wayにストレッチする素材を使った最初のクライミング/登山用パンツを開発。このパンツはそれまで使われていたウールのパンツに取って代わり、こうしてクライミングウエアのマーケットに大変革を引き起こしました。これが世界初のソフトシェルウエアと言われています。

≪ 1976年 ≫

最初のDuodess(デュオデッサ)ロープ(20年間の特許取得)が製造されました。その当時普及していた2色ロープとは異なり、中間から編み柄の変わるDuodess(デュオデッサ)ロープは特徴的な編み枝のデザインで、変化とマムートの技術の高さを象徴しています。編み柄は変わりますが、それぞれのナイロン糸は一続きでロープの全長にわたっており、高い品質を保証しています。 そのちょうど2年後、マムートはその当時全く新しい素材、GORE-TEX(R)(ゴアテックス(R))でできたAltitude Jacket/ Pants(アルティチュードジャケット/パンツ)を発表しました。

≪ 1972年 ≫

第2の製造工場として、サンガレン、ネッカーのWalter Schwarzenbach AG(ヴァルターシュワルツェンバッハAG)を取得、この会社は拡張され、近代的な紡績施設とナイロンテープ製造設備を備えた子会社となりました。1年後、新しく設置された「Sport and Leisure(スポーツ&レジャー)」の部門は、ロープだけでなく、スポーツ部門の寝袋、衣料、テントも開発しています。

≪ 1968年 ≫

Seilerwaren AG(ザイラーワーレンAG)はAROVA Lenzburg AG(アロワレンツブルクAG)と社名を変更し、Heberlein group(ヘバライングループ)の一員となりました。その後1982年にその当時ZÜrcher Ziegelein Holdingと呼ばれていたConzetta(コンゼッタ)に買収されるまでの間Heberlein group(ヘバライングループ)の一員でした。

≪ 1962年 ≫

この会社が100周年を祝ったときには、売上高が1936年の30倍になっていました。伝統的なロープ工場は革新的な製造会社を生み出し、すでにスポーツ市場で重要な地位を占めるに至っていました。100周年から2年後にこのロープ工場は、弾力性によって落下時のエネルギーを吸収する最初のダイナミックシングルロープを製造しました。

≪ 50年代 ≫

1950年代までに初の登山用化学繊維製ロープ、セーリング用シート、その他のスポーツ向けのさまざまなロープとネット類などのスポーツマーケット向けの商品を開発しました。ロープ工場はもともと製品をすべて手で作っていましたが、会社は着々と成長を続け、時の経過に従って機械化も進んできました。1950年代初めまで、会社の製品のちょうど20%はまだ手で作られていました。
機械化にも関わらず、従業員の数も順調に増えていき、1900年初めから1944年までに、会社は家族経営の会社から従業員53名の企業に成長していきました。

≪ 20年代 ≫

個人経営の会社から株式会社Seilerwaren AGに変換しました。麻製スタティッククライミングロープの製造を開始しました。

≪ 1878年 ≫

Tanner(タナー) 16年の後、Tanner(タナー)は小さな町レンツブルクの以前より大きな敷地に事業を移転し、ここが100年以上にわたって会社の根拠地となりました。1919年にSeilerwarenfabrik AG Lenzburg(ザイラーワーレンファブリックAGレンツブルク)、1968年にArova Lenzburg AG(アロワレンツブルクAG)、1984年にArova-Mammut AG(アロワマムートAG)に発展していきました。1984年にはTanner(タナー)の22歳の息子Oscar(オスカー)がこの会社を継承しました。

Kaspar Tanner(カスパー・ターナー) 1862年にKaspar Tanner(カスパー・ターナー)がレンツブルクに近いディンティコンに伝統的なロープ工場を建て、会社の基礎を築きました。 当時ロープは主に農業に使われていました。

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