新雪 北穂高岳 ~ 静寂の涸沢を越えて
- 投稿者
-
伊藤 岳彦
横浜西口店
- 日程
- 2019年11月11日 (月)~2019年11月13日 (水)
- メンバー
- 単独行
- 天候
- 雨/晴/晴
- コースタイム
- 上高地(200分)横尾(180分)涸沢(360分)北穂高岳
- コース状況
- ※ 本文をご参照ください
- 難易度
感想コメント
新雪北穂高
本邦第9位の標高を誇る北穂高岳は展望抜群の名峰。
槍ヶ岳は常念岳や樅沢岳から見ても絵になりますが、やはり北穂高岳から大キレット越しに望む構図は芸術的な美しさがあるように思えます。
今回は降雪直後のベストなタイミングでの新雪登山。
快晴無風、春山のような陽気のなか、静寂の涸沢を越えて夕照映える頂きへ。
一足早く爽快な雪山登山を楽しむことができました。
2019/11/11(月) 雨
上高地[15:10]…横尾[18:32]
2019/11/12(火) 晴
横尾[7:42]…本谷橋[8:37]…涸沢[10:37/11:03]…南稜取付き点[13:15]…南稜のテラス[15:42]…北穂高岳[16:56]
2019/11/13(水) 晴
北穂高岳[6:53]…涸沢[9:02]…上高地[14:10]
⇒ ヤマケイオンライン地図はこちら
■ 静寂の涸沢へ
夜が明けると雲一つない快晴の青空が広がっていました。
雨の残り香を含む清冽な空気を吸い込むと、自分が本来いるべき場所に戻ってきたかのような気持ちにさせられます。
横尾キャンプ場、朝7時。
テントから仰ぎ見る屏風ノ頭は見事な雪化粧。
↑ 快晴です♪
一晩でそれなりの積雪があったと思われます。
この分だと涸沢から上も結構な新雪に覆われていることでしょう。
早く白銀の世界に身を置きたい。
人を前へと大きく歩ませるのはワクワクする気持ちなのだと思わずにはいられません。
昨日は15時過ぎに上高地を出発。
誰もいない梓川右岸林道を黙々と歩き、新村橋を渡る頃には冷たい雨が降り出しました。
漆黒の闇に包まれた横尾キャンプ場にて急いでテント設営。
冬期用の横尾避難小屋も開放されていますが、今回は寒さに慣れるという目的もあるので、小屋の使用は遠慮しました。
避難小屋の前には依然水が引いてあったので、とても助かりました。
無雪期はいつも沢の中で獣に怯える幕営ばかりしているので、公のキャンプ指定地は本当に久しぶり。
未明まで雨が降っていようと、大きな安心感がありました。
翌朝はすっかり明るくなった7時半頃に出発。
横尾大橋を渡って、まずは涸沢まで。約5.1km、標高差約690mの登りです。
横尾本谷左岸の河原に続く樹林帯を抜けると、正面に屏風岩の大岩壁が迫ります。
その雄々しい姿に誰もが魅了されることでしょう。
ここからは進むにつれ、屏風岩の見え方も変わっていくのも興味深いところです。
さらに進み、冬期ルートである横尾尾根の取付点となる大きなガリーを過ぎると、今度は北穂高岳を望むことができます。
↑ 目指す北穂高岳
昨晩の降雪により、想像していた以上に真白。
これからあの頂を目指すワクワク感が自然と湧き上がってきます。
↑ 海外の山を見ている気分
景色を楽しみながら、横尾から1時間ほどで本谷橋へ。
この時期橋は架かっていませんが、ここで横尾谷を渡渉します。
↑ 橋は外されています
水量は少なく、まだ積雪もありません。
↑ 水量少なく渡渉容易
左岸から右岸へ移ると、本格的な雪道の登りとなります。
↑ 渡渉後の登り
↑ 横尾尾根を望む
↑ 凍結していません
屏風岩側の山腹は短い急登となりますが、横尾本谷を離れ涸沢側に出ると、傾斜は緩みます。
↑ 傾斜が緩くなりました
適度に水分を含んだ雪なので歩きやすく、凍結個所はなし。
アイゼンは装着せずとも調子良く進んでいくことができます。
↑ 右手に沢を見下ろす
↑ 北穂を見上げる
途中横尾本谷右俣を正面に望むことができます。
↑ 横尾本谷右俣全容
初級の沢登りというかバリエーションとして知られるルートで、何年も前の“岳人”誌で秋に『登山靴で登れる沢歩きコース』みたいな取り上げ方をされていた記憶があります。
今回もしも涸沢方面に行く方が沢山いるようであれば、この横尾本谷右俣から南岳を目指すルートを代案としていましたが、誰一人としていないので全くの杞憂に終わりました。
緩やかな雪道を淡々と登り続けると、正面に涸沢を一望できるSガレへ。
この辺りでは、朝日に輝く雪の美しさが印象的でした。
Sガレを過ぎると登山道は次第に傾斜を増し、雪の量も少し増えてきたのが分かります。
↑ 屏風岩を振り返る
丸山直下で右に折れて、最後の登りを頑張ると、ようやく涸沢へ。
↑ 吊尾根
↑ 奥穂 北東稜
↑ 北穂 南稜と東稜
↑ 要塞のような涸沢小屋
快晴無風。圧巻の展望。さすが天下の涸沢です。
とりあえずキャンプ場を越え、涸沢小屋でザックを下ろすことにしました。
↑ 涸沢小屋へ
↑ 前穂北尾根が眩しい
■ 南稜へ
気合を入れなおして、いよいよ北穂の登りとなります。
山頂まで夏道で約2.5km、標高差約800m。
さて登路についてですが……。
新雪期は夏道のある南稜を避け、北穂沢をダイレクトに登るのがセオリー。
ゴルジュ上部のゴーロ帯までは夏道と同じですが、そこからは積雪量によって判断が分かれます。
セオリーとはいえ、北穂沢の直登はハンパない登り。
核心であるインゼル左手の狭いルンゼは最大斜度が約40度あり、新雪雪崩に対する注意が必要です。
因みに“インゼル”とは沢登り用語で、「中洲」を意味するドイツ語。
ここでは島のように浮き出た岩稜を指します。
11月とはいえ積雪量によっては、相応のドMラッセルになるので、覚悟も必要です。
対する夏道である南稜は、寡雪であれば何とかなる登り。
但し南稜取付きにあるスラブ帯は約50mの鎖場になっており、そこが雪でどれだけ埋もれるかによって難易度が異なります。
南稜自体も左右に切り立った急登が続き、トラバースも多くあるので、雪が締まっていないと難しいものとなります。
結局は雪の量と質を見極める経験が求められるということ。
今回下部の雪は湿っているとはいえ、降雪直後でもあるので北穂沢の雪崩を一番に警戒。
まず南稜への取付きを試み、ダメなら北穂沢直登という作戦で臨むことにしました。
涸沢からしばらくは北穂沢右岸、というか夏道を登ることになります。
↑ 涸沢からの登り初め
所々まだ白ペンキ○印が見えているので、なるべく忠実に印を辿ります。
↑ 時々○印が現れます
標高が上がるにつれ、涸沢カールの眺めが一段と素晴らしいものになっていきます。
↑ 涸沢を見下ろす
↑ 前穂北尾根と対峙して登ります
↑ 奥穂とザイテングラード
ゴルジュ上部のゴーロ帯に入ったら、南稜取付きに向かって左手に斜上。
依然アイゼン装着なし。因みに今回のシェルは雨具上下です。
↑ 東稜下部と北穂沢
↑ まもなく南稜取付きです
南稜取付きでは、上下二段に分かれて鎖が固定され、最上部に鉄梯子が設置されているそうですが、今回既にほとんど鎖が埋もれていました。
↑ 南稜取付きを見上げる
しかしそんなに雪が多い訳ではないので、スラブ帯を小さく右から巻き上がるように登ることが可能。
細かいスタンスを見つけ、アックスを駆使して、落ち着いて登ります。
この辺りは沢登りで培ったバランス感覚がものをいいます。
鉄梯子の直下のみ、アックスを使って鎖を掻き出すことで、何とか突破。
↑ 鎖の最上部
但し鎖がないと確かに登れない箇所なのかもしれません。
↑ 最後は鉄梯子を上ります
スラブ帯を越え、南稜に出たら小休止。ここがほぼ中間点となります。
涸沢カールはもちろんのこと、ここから見る前穂北尾根は特に美しく見えます。
また奥穂への登路ザイテングラードやあずき沢が並んで見えますが、かなりの斜度であることが分かります。
↑ 常念岳
↑ 前穂北尾根
↑ 遠くに南アルプス
↑ 涸沢岳
↑ 奥穂とザイテングラード
ここまで涸沢から約3時間。雪がなければ既に山頂に着いているはずです。
やはり雪山は思うようには進ませてくれません。
息を整えたらリスタート。
南稜の登りはなかなかの急登です。
岩稜のハイマツ帯をジグザグに登りますが、それなりに積雪があるので、一歩一歩確実に踏み込んで歩を進めていきます。
↑ ハイマツ帯へ
高度が上がるにつれ、尾根は次第に痩せていき、北穂沢側が切れ落ちている箇所のトラバースも現れます。
↑ 北穂高小屋が見えます
鎖場を交え、じっくりと雪の斜面を登り続けると、ようやくキャンプ指定地へ。
↑ ここがキャンプ指定地
南稜のテラスと呼ばれるところですが、この時期は積雪によってテント場とは思えないような有様です。
本来ならばここで幕営するべきですが、とてもその気にはなれないので、そのまま山頂へ向かうことにしました。
遅ればせながら、ここでアイゼン装着。この先のトラバースに備えます。
↑ 山頂を目指します
南稜のテラスを抜けると、南峰直下を巻き、北穂沢源頭のトラバースへ。
↑ 南峰直下
↑ 北穂沢源頭部
高度感があるところですが、ここも一歩一歩確実に足場を固めて進んでいきます。
途中斜めにトラバース気味に下降する箇所があり、最短距離で下ろうとすると、突然周りの雪全体に亀裂が入りました。
↑ 下ろうとしたら…亀裂
冷や汗をかきながら、今度は大きく回り込んで下りましたが、一つ間違えるとアウトだったかもしれません。
↑ 大回りして降ります
疲労もあり、注意力散漫になっていたようです。
そこからはより慎重に歩を進め、覆いかぶさるような松濤岩の下部を回り込んで、最後のひと登り。
↑ 北峰直下 最後の登り
↑ 明日下る北穂沢を見下ろす
↑ まもなく日没です
日の入り直前、ようやく北穂高岳北峰山頂に登頂しました。
↑ ようやく登頂
山頂で大きく視界が開け、雲海に沈む夕日が目に飛び込んできます。
↑ 久しぶりに雲海を見ました
時刻は16時半過ぎ。涸沢から6時間かかったことになります。
通常であれば大キレット越しの槍に大きな感動を覚えるものですが、今は全くそんな余裕がありません。
とりあえず急いで幕営地を探すことしか頭にありませんでした。
↑ あ、槍が見える
山頂に幕営することもできそうですが、水を作るためのきれいな雪がほとんど積もっていません。
幸いにも山頂より一段下がったところに一張分のスペースときれいな雪があったので、今宵はここで過ごさせて頂くことにしました。
気が付くと東から満月が登っており、眼下に常念岳を見下ろすことができます。
↑ 常念より高い所にいるんですね
ナルゲンボトルの凍り具合からみて、気温は氷点下を少し下回るくらい。
夏用シュラフに化繊ジャケットを着るくらいで、特別寒さを感じませんでした。
テントの入口からクッカーを持った右手を出すだけできれいな雪を取り、不純物のない水を作ることができるので、ある意味快適。
ただ昨晩の雨で濡れたフライシートのファスナーが凍り付いたのが厄介でした。
標高3,100mで過ごす幻想的な一晩。
真夜中山頂にて月光に照らされた白き峰々を眺めて独り過ごす時間はとても贅沢なものでした。
■ 北穂大観
さすがは本邦第9位の高峰。
ロケーションは日本アルプストップクラスと言っても過言ではありません。
以下、初冬の大観をご覧ください。
↑ 今日も陽が上ります
↑ 北穂といえばこの景観
↑ 槍ヶ岳はまだ雪が少ない
↑ 奥穂を望む
↑ 奥穂アップ
↑ すぐ隣の松濤岩
↑ 涸沢槍アップ
↑ 前穂
↑ 前穂アップ
↑ 笠ヶ岳へと続く稜線
↑ 笠ヶ岳アップ
↑ 黒部源流方面を望む
↑ 遠くに薬師岳
↑ 黒部五郎を望む
↑ 遠く後立山を望む
↑ 後立山アップ
↑ 常念岳を望む
↑ 常念アップ
↑ 富士山
↑ 南アルプス
↑ 滝谷を見下ろす
↑ 大キレット
■ 爽快な北穂沢下降
眠れない夜に、夜が明けたらどうやって山を降りるか、頭を巡らせていました。
山は登るより降りる方がやはり難しいものです。
北穂沢の傾斜ならまず降りられるが、もしも雪崩が起きたら……。
いや、夜明けの時間に下れば大丈夫だろう。
雪質が想像以上にサラサラしたものであったら、降りられるか?
インゼルからの最大傾斜下降でバランスを崩したら……。
トレースのある南稜の方がやはり安全だろうか?
いや、南稜の下降は無理ではないが、むしろ危険が高い。時間もかかる。
やはり夜明けとともに北穂沢を下降するのが最善の策である。
という訳で、翌朝は早くに行動開始。
山頂で一通り写真を撮影したら、いよいよ北穂沢下降へ。
↑ ここを下ります
最初は体が温まってないので、必要以上に慎重に後ろ向きに降りたりしましたが、充分に足が沈むので途中から前向きにガンガン下っていきます。
岩が隠れていることもあるので、そこは注意します。
↑ ここを登るのは辛そうです
40度あるというインゼルからの急傾斜も問題なく降下。
小さなデブリがありますが、今回は雪崩の心配はなさそうです。
ある程度下降したら、南稜の取付き点を目指して、右に進路をとります。
自分のトレースが見えたら、もう安心。
↑ あ、トレースだ!
↑ 南稜の取付き点に戻ってきました
あとはトレースを辿れば、静寂の涸沢へ戻ることができます。
↑ 下ってきたところを振り返る
この上ない晴天に恵まれた2日間。
涸沢と北穂の素晴らしさを改めて実感しました。
条件が良かったとは言え、本格的な雪山を一足早く楽しむことができて大満足。
今冬も至極の白銀世界を目指し、気持ちを高めていきたいと思います。
最後までご一読いただき、有難うございました。
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・ご自身の技術や体力に合った無理のない登山計画で山を楽しみましょう。