おとな女子登山部 登山レポート 大雪山

森吉山

登ったところはこんな山

大雪山

 平らなイメージが強い北海道の中央にそびえる大雪山は、神奈川県と同程度、約23万ヘクタールにわたる広大な山域。そんな「北海道の屋根」ともいうべき大雪山の魅力を十分に味わえるのが、今回の縦走路。北海道の最高峰・旭岳(2290.9m)を筆頭に2000m級の山が連なっている。
 
 そのいちばんの魅力は本州の山々ではお目にかかれない、スケール感を失うほどの雄大な景色。雄大な雪渓が沢を生み、高層湿原を潤す。それらはまた、高山植物の大群落を育むゆりかごに、ヒグマをはじめとした野生動物の棲息地になっている。
 
 今回歩いたコースは「表大雪」と呼ばれている。さらに南の十勝岳や富良野岳、北の黒岳や東の石狩岳などとつなぐことで、10日以上の長期縦走を味わえる点も魅力的だ。また、多くの登山口に温泉が湧いている。
 

コースマップ

大雪山コースマップ

参考コースタイム


1日目 計7時間30分
国民宿舎東大雪荘(2時間)温泉コース分岐(1時間10分)カムイ天上(1時間20分)コマドリ沢出合(1時間)前トム平(2時間)南沼キャンプ指定地

 
2日目 計5時間25分
南沼キャンプ指定地(30分)トムラウシ山(1時間25分)天沼(1時間5分)化雲岳(1時間30分)五色岳(55分)忠別岳避難小屋

 
3日目 悪天のため停滞
 
4日目 計7時間40分
忠別岳避難小屋(1時間40分)忠別岳(2時間40分)高根ヶ原分岐(1時間20分)白雲岳避難小屋(1時間10分)白雲岳(50分)白雲岳避難小屋

 
5日目 計5時間55分
白雲岳避難小屋(1時間50分)北海岳(50分)間宮岳分岐(1時間40分)旭岳(1時間35分)大雪山旭岳ロープウェイ姿見駅

山行アドバイス

 北海道ならではの注意点として、まずはヒグマがあげられる。各登山口にて直近の出没状況を確認しておこう。また、ヒグマやキツネを誘引しないよう、食料やゴミの管理を慎重に。食料管理用のフードボックスが設置されている場合、利用しよう。また、キツネがエキノコックスを媒介するため、飲料水は濾過もしくは煮沸すること。
 標高は低いものの、緯度が高いため、森林限界は1600m前後。森林限界より上では、本州の3000mクラスの装備やウェア、心構えで臨みたい。また、高根ヶ原など稜線上に広大な場所が多いため、ガスなどで視界を失うと、踏み跡も見失いやすいので要注意。トムラウシ山から北沼へ下りる岩場のルートは踏み跡が不明瞭。悪天候に見舞われた場合のエスケープルートも長大で、一日がかりになる場合が多い。余裕ある行動を心がけ、必ず予備日を設けよう。
 国立公園内にある6つの小屋はどれも避難小屋で、食事や物販に対応していない。また、オーバーユースにより、各避難小屋、キャンプ指定地では屎尿問題が深刻化している。なかでも南沼キャンプ指定地はトイレを設置していないため、必ず携帯トイレを持参すること。

アクセス

 今回利用した登山口・国民宿舎東大雪荘の起点となるJR新得駅へは、新千歳空港から列車で2時間ほど。新得駅から国民宿舎東大雪荘へは、夏は拓殖バスが1日2便運行している(所要時間1時間30分、運賃2000円)。タクシーの場合、1万6000円ほど。初日の登りを1時間30分ほど短くできる「トムラウシ短縮コース登山口」へ行く場合、タクシーを予約しておこう(*ちなみに取材時は、混雑のため、予約できず)。
拓殖バス www.takubus.com
新得ハイヤー ☎0156-64-5155
新交通 ☎0156-69-5555
 
 大雪山旭岳ロープウェイにて下山した旭岳登山口から旭川までは、バスで1時間30分ほど(1430円)。JR旭川駅から新千歳空港までは列車で2時間ほど。
旭川電気軌道 www.asahikawa-denkikidou.jp

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森吉山登山レポート

DAY1

「さすがに重いよねぇ」

 予備日を入れて5日分の食料を背負ったふたりの大きなザックは、それぞれ目一杯にぱんぱん。そんな声とは裏腹に元気よく歩き出したのは、おとな女子登山部の部長こと荻野なずなさんとあやや。太陽が顔を出す前の登山道は、きりりとした空気に包まれている。静寂を破るようにぽぽぽと鳴くのは、なんの鳥だろうか。利用者が少ないと聞いていた「トムラウシ温泉コース」はきれいに整備されており、思いのほか歩きやすかった。

「今日のコースは長いからこそ、はじめはゆっくり歩いてこう」

 久しぶりの長期縦走で不安そうなあややに、部長が声をかける。やがて樹林の間からやわらかい光が差しこむと、足元の朝露がきらきらと輝きはじめた。

 コマドリ沢出合から沢を詰めてゆくと雪渓が現れる。その後、ごろごろとした岩場に差しかかると、先頭を歩くあややが周囲をうかがい、足を止めた。なんだろうとみなも立ち止まる。長い沈黙のあと……「フイッ!」という草笛の音色に似た、乾いた高い鳴き声が。

 やっぱり、と声をあげて喜ぶふたり。聞けば、登山地図に記された「ナキウサギを見かける」の文字に心を躍らせながら、耳を澄ませていたという。その後も鳴き声が聞こえるたびに足を止める。小さな歌声の主は、氷河期からここに暮らす山の先輩でもあるという。

 前トム平に到着すると一気に視界が開け、トムラウシ山がいよいよ大きく迫ってきた。吹く風はどこまでも乾いていて、汗をあまり感じさせない。草花を愛でながら緩やかな登りを歩いていくと、せせらぎが流れ、高山植物の咲き乱れる南沼キャンプ指定地にたどり着いた。重たいザックを下ろして、冷たい沢水で顔を洗う。わいわいとちゃんちゃん焼きの準備をしていると、桃源郷に冷たい風が吹き抜けた。
 

DAY2

 北海道の朝は早い。3時を過ぎるとぼんやりと明るくなり、早起きの鳥が歌声で夜明けの到来を告げている。明るく前から歩き出し、トムラウシ山へととりつく。山が呼吸するように、霧が立ちのぼっては消えてゆく。山頂に立つと、南の十勝岳から富良野岳、北には広い尾根の向こうにそびえる旭岳の姿が見渡せた。ぐるりを囲む、深い渓と山々にしばし声を奪われる。

 踏み跡の不明瞭なごろごろした登山道を下り、厚い雪に覆われた北沼へ。そこから広い階段状になる台地を下りてゆく。そうして現れた岩場で、ふたたび小さな歌声を聴く。足を止めて周囲をうかがうと、部長が「いたっ!」と岩の間を指さす。見ると、保護色のような毛皮に覆われた小さな姿が――。

「なっちゃん(なずなちゃん)、よく来たね、って呼んでくれたから」

 大きなパンを丸かじりしながら、部長はにっこりと微笑んだ。

 化雲岳から緩やかに広がる化雲平へ。木道が整備された湿原には花が咲き乱れ、カムイミンタラ(神遊びの庭)の名にふさわしい景色が広がっている。五色岳の手前でハイマツが背丈を越えはじめると、あややはそっとザックからクマ鈴を取り出した……うん、その気持ち、すごくよく分かる!

 ハイマツのなかを下り、忠別岳のキャンプ指定地へ。この日のテント場も沢が流れる心地よい場所。顔を洗って洗濯をすませ、ゆっくりごはんを食べる。テントにこもった深夜、何者かがテントをうろつく気配が……。
 

DAY3

 この日は朝から曇り模様。ラジオの予報も悪く、予備日もあるため、早々に停滞を決定。テントを片付け小屋へとあがってゆくと、地元の登山者に声をかけられた。

「昨日の昼、沢向こうの雪渓でこ~んなでっかいクマが草を食べていたよ!」

 前日聞かずによかったと心から安堵し、小屋の二階に荷物を置く。そのあとは、読書をしたり昼寝をしたり、地図を確認したりまた昼寝をしてみたり――。おじさんから聞いた雪渓を眺めていると、シカの親子が何度も姿を見せた。頭から肩にかけて真っ赤な羽毛に覆われた、おしゃれなギンザンマシコのつがいが、楽しげに飛びまわっている。
 

DAY4

 シマリスがちょろちょろと先導してくれる朝露の登山道を登り返し、忠別岳への稜線へ。朝日があがるとともに深い霧が晴れると、忠別川の源流をなす深い渓に白い虹が! あたりの空気は意志あるもののように、次々にその姿を変えてゆく。歓声は山の精気に飲みこまれ、驚きを孕んだ深い沈黙に――30分ほど続くマジックアワー。この瞬間に会えただけでも、停滞の意味があった気分に。

 忠別岳を越えると、平ヶ岳、白雲岳に向かい南北7kmにわたって広がる高根ヶ原が姿を現す。息を飲む圧倒的な広がりの右手はすっぱりと切れ落ちた崖になっており、底には空沼をはじめとした高原沼が点在している。その渓から吹きあげる風に乗り、ものすごい数のトンボとチョウが乱舞している。足元にはコマクサの大群落が広がっている。このあたりの台地には永久凍土が眠っているという。北海道から氷河期が去った頃、あるものは北へと回帰し、またあるものは標高をあげて、この大雪山を住処とした。ワタスゲやエゾコザクラ、エゾノハクサンイチゲなどの草花やウスバキチョウ、ナキウサギなどはそうして生きながらえた北方起源の生命たちだという。石狩岳のほうを眺めると低く雲が流れてゆく。気持ちのよい風をあびながら、過酷であろう冬の姿を想像する。ずいぶん前から見えていた白雲岳避難小屋が、いつまで歩いても近づかない。そんな遠近感の狂う感じも、なんだか嬉しい。

 左手の雪渓から美しい沢が流れたかと思うと、やがて白雲だけ避難小屋が現れた。この旅で初めて眺める入道雲が、緑岳の上を泳いでいる。テントを張ってから白雲岳を目指し、山頂で夕焼けを眺める。

 幾重にも重なる雪渓と、ガスの向こうに見え隠れする旭岳──。
 

DAY5

 最終日は朝から快晴に。昨晩はそうとう冷えこんだようで、水たまりが凍っている。白雲岳の分岐で日の出を迎える。このあたりは日本最高所の遺跡で、縄文時代の鏃が出土しているという。古の人々は、どのような思いでこの朝日を眺めていたのだろう。

 北海岳に向かうにつれ、あたりは徐々に砂礫に覆われはじめる。大雪山はアイヌの言葉でヌタプカウシペ。瑞々しく広大な山域は「山のうえの広い湿原(ヌタプ)」「その上にそびえるもの(カウシペ)」の名にふさわしいが、旭岳はいまも噴煙をあげる活火山である。なだらかな北海岳の山頂からは、噴火口を持つ御鉢平の様子が見渡せる。左手には広い尾根の向こうにそびえるトムラウシ山の姿が。

「あの稜線を全部歩いてきたんだね」

 あややがそうつぶやくと、部長がしっかりとうなずく。

 熊ヶ岳のコルへと下りてゆくと裏旭のキャンプ指定地。沢水は雪渓を穿ち、青く流れている。とびきり冷たい水を飲むと、ふたりは旭岳の山頂を目指し、残雪の急登をゆっくりと歩いていった。
 

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今回のメンバー

 当たり前のように健脚揃いのおとな女子登山部にあって、際立つ剛脚を誇る部長とあやや。登山ガイドを務める部長はもちろん、久しぶりの長期縦走だというあややも、かわいい草花に出会うたび、20kgを越えるザックを背負ったまま、しゃがみこんでカメラを向ける……いやはやお強いです。たっぷりの野菜とスパイスを使った山ごはんもおいしそうでした。