プリムス(PRIMUS)

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プリムスは「燃焼のプロ」です。高い燃焼効率を意味する力強い青い炎。過酷なエクスペディション(冒険・遠征)において、本当の意味で機能する構造。そして安全性。どれもアウトドア用ストーブとして欠かせない点ですが、これらを高い次元で実現するのが燃焼のプロであるプリムスなのです。プリムスの燃焼器具は家庭用ガス器具の安全基準を全てクリアする設計となっています。しかし同時にヒマラヤの遠征においても使用出来るという、相反する二つの基準を考慮しなくてはなりません。これを支えるのが燃焼技術なのです。長い歴史でしか得ることのできない燃焼についてのノウハウがプリムスには詰まっているのです。

ブランドの特長

◆ PRIMUS(プリムス)の誕生

プリムスストーブの歴史は、いまから100年以上前の1892年発売した非常に画期的な「PRIMUS(プリムス)」という名前のストーブを販売したことからはじまります。それまでのストーブといえば、その燃焼にあたって煙と上記の発生が厄介な問題でした。それを解決したのが、リンドクヴィスト(F.W.LINDQVIST)とスヴェンソン(J.V.SVENSSON)両名の開発による、パラフィンを気化させてガス燃焼させる画期的技術でした。これが1892年にB.A.ヨート社(のちのBAHCO(バーコ)社)が世に送り出したPRIMU(プリムス)ストーブのデビューで、100年以上の歴史を持つPRIMUS(プリムス)製品のルーツでもあります。
写真左:1982年PRIMUSストーブ。写真右:ストーブ父、リンドクヴィスト。

◆ 数々の実績

北極探検家として有名なナンセン(FRIDTJOF WEDEL-JARLSBERG NANSEN 1861-1930)は初めてグリーンランドを横断し、北極海を世界に紹介した事で歴史にその名を留めていますが、そのナンセンが探偵旅行に常に携行したのはプリムスストーブでした。また、1911年12月14日に人類史上初めて南極点に到達したノルウェーの極地探検家アムンゼン(ROALDOAMUNDESN 1872-1928)がその探検に携帯したのもプリムスストーブでした。そのアムンゼンが南極大陸で活用したプリムスストーブの優秀さを讃えたので、PRIMUS(プリムス)の名は世界中に知れ渡りました。

また、1953年6月2日にヒラリー卿とテンジンが世界最高峰のエベレスト山を人類で始めて征服しましたが、その劇的な登攀行にはプリムスストーブが携帯されました。厳寒の氷点下の強風のもと、そして酸素の希薄な高地の空気という極限に近い状況下では、僅かな失敗も命取りになります。絶対的に信頼できる製品だけが最終的に選ばれました。そこで採用されたプリムスストーブは、期待に応えて完璧にその役割を果たし、ヒラリーとテンジンをエベレストの頂上に押し上げたのでした。
ヒラリーとテンジンが使用した同型ストーブ

今では登山といえばプリムスストーブと言われるほど登山家から厚い信頼を得ています。もちろん本格的な登山に耐えられるスペックを持っているストーブは、ハイキング、オートバイや自転車のツーリング、キャンプなど、アウトドアでの行動を支える調理をする信頼性の高いギアとして活躍しています。

◆ 創業から現在まで

時代が変わり、燃料革命が進んでLPガスが登場すると、PRIMUS(プリムス)はいち早く熱源を瀬急からガスへ切り換えました。そして、PRIMUS(プリムス)の燃料器具は世界各国に輸出され、世界ブランドとしての地位を不動のものとしました。
その間、創業から現在に至るまで、常に志していることは、実際のフィールドで機能するかどうかです。つまり、机上の技術だけでなく、実際に使用することを前提に開発が進められていくことです。これが、風に強いバーナーヘッド、力強い燃焼、操作性の高さ、持ち運びの容易さなどにつながっていくのです。
プリムスのすべての技術は、アウトドアでの調理、つまり行動する力への昇華なのです。

◆ PRIMUS(プリムス)とIWATANI(イワタニ)

日本への紹介は、1959年岩谷産業株式会社の輸入販売に始まります。しかし、当時の製品は再充填方式の鋼製ガスシリンダーをベースとしていました。現在のような、携帯性に優れるPRIMUS(プリムス)については、日本におけるLPガスのパイオニアであり最大手である岩谷産業株式会社とスウェーデンの世界企業PRIMUS ABが1985年に共同出資したイワタニ・プリムス株式会社設立からとなります以来、日本のフィールドに適した商品開発をしたり、日本の技術をプリムスに紹介したりと、お互いの持ち味を高めながら現在に至っています。

◆ PRIMUS(プリムス)燃焼機具の歴史
1882(明治14)年 スウェーデンのMAX SIEVERT社がナイバーグの発明した工業用トーチランプを販売を開始
1892(明治24)年 ロンドクヴィストが発明したプリムスストーブがJ.V.Svenssons Fotogenkoksfabrik社により量産され、スウェーデンのB.A.Hjorth社を通じて販売される
1895(明治27)年頃 MAX SIEVERT社からSVEAブランドのパラフィンストーブが販売される
1911(明治43)年 アムンゼンの南極点到達にプリムスストーブが携行される
1913(大正2)年 PRIMUS(プリムス)の工場から従業員が独立しRADIUS(ラジウス)社が創設(1963年にOptimus社へ譲渡)
1982(大正7)年 PRIMUS(プリムス)の工場であるJ.V.Svenssons Fotogenkoksfabrik社がB.A.Hjorth社の傘下に収まる
1920(大正9)年 PRIMUS(プリムス)の従業員が600名規模になる
1930(昭和5)年頃 PRIMUS(プリムス)の従業員が700名規模になる
1938(昭和13)年 MAX SIEVERT社がLPガスの開発を開始
1953(昭和28)年 ヒラリー、テンジンのエベレスト登頂にプリムスストーブが携行される
世界初の大量生産方式によるPRIMUS(プリムス)ブランドのLPガスストーブが販売される
1955(昭和30)年 B.A.Hjorth社がBAHCO(バーコ)社に社名変更し、BAHCO(バーコ)グループを形成
1959(昭和34)年 岩谷産業株式会社がPRIMUS(プリムス)のLPガスストーブを輸入
1962(昭和37)年 BAHCO(バーコ)グループがパラフィンストーブの販売・製造権をOPTIMUS(オプティマス)社に譲渡
1966(昭和41)年 BAHCO(バーコ)グループはMAX SIEVERT社にPRIMUS(プリムス)ブランドのLPガス事業を売却。
MAX SIEVERT社は社名をPRIMUS-SIEVERT社に変更し、SVER(セイバー)ブランドをOPTIMUS(オプティマス)社へ売却。
BAHCO(バーコ)は、レンチやスパナなどの工具専業メーカーとなる
1983(昭和58)年 ヨスタ・シューレンがPRIMUS(プリムス)の経営権を取得
1985(昭和60)年 日本のマーケットに本格的に進出するため岩谷産業と合併会社イワタニ・プリムスを設立する
バーナーヘッドに288個もの炎口を設けた2243バーナーが好評を評す
1994(平成6)年 世界初のチタンバーナーが登場
1996(平成8)年 プリムス最高出力バーナーP-171が登場
1997(平成9)年 MBL(ミニバーナー&ランタン)がアメリカ バックパーカーズ誌のエディターズチョイス賞を受賞
1998(平成10)年
世界で初めてMFMMをアウトドア用ストーブに利用したP-121が登場
バックパーカーズ誌のエディターズチョイス賞とヨーロッパのアウトドア誌によるヨーロピアンアウトドアアワードを受賞
2003(平成15)年 バーチカルイグニッションシステムを開発
2007(平成19)年 燃焼効率を従来型に比べ2倍に高めたETA POWER(イータパワー)を発表
ヨーロッパのアウトドアショーでシルバーアワード賞を受賞
イータパワーのマルチフューエルタイプでバックパーカーズ誌のエディターズチョイス賞を受賞
2008(平成20)年 イータパワーでバックパーカーズ誌のエディターズチョイス賞を受賞
2009(平成21)年 イータパワー・マルチフューエルでバックパーカーズ誌のエディターズチョイス賞を受賞

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