南アルプス 尾白川黄蓮谷に游ぶ ~ 千丈滝上まで偵察遡行 (甲斐駒ケ岳北東面 釜無川支流)
- 投稿者
-
伊藤 岳彦
横浜西口店
- 日程
- 2015年08月24日 (月)~2015年08月25日 (火)
- メンバー
- 単独行
- 天候
- 【24日】曇 【25日】曇後雨
- コースタイム
- ■ 8月24日(月)
竹宇駒ヶ岳神社(80分)不動滝(60分)林道終点(15分) 入渓点(180分)黄蓮谷出合
■ 8月25日(火)
黄蓮谷出合(60分)千丈滝上(100分)五合目小屋跡(150分)竹宇駒ヶ岳神社
- コース状況
- ■ 尾白川林道終点付近はかなり荒れています
■ 林道途中水が得られる枝沢あり
■ 入渓点までの踏み跡明瞭 固定ロープあり
■ 登れない滝の高巻きには固定ロープ
■ 高巻きの踏み跡は全て明瞭ではありません
■ 水清らかにして、水温やや低め 魚影あり
■ 黄蓮谷出合右岸に幕営適地
■ 千丈滝上(五丈沢対岸)に幕営適地
■ 五合目に至るエスケープは踏み跡不明瞭
- 難易度
感想コメント
天下の名峰・甲斐駒ヶ岳の北東に位置する景勝地・尾白川(おじらがわ)渓谷。
尾白川は甲斐駒ヶ岳と鋸岳の中間地点にある三ツ頭付近を水源とし、黄蓮谷(おうれんだに)・鞍掛沢と合流して、穏やかな流れで釜無川に注ぐ、花崗岩とスラブが広がる美しい渓谷です。
遡行対象となるのは、尾白川本谷とその支流である滑滝沢、奥ノ滑滝沢、北坊主ノ沢、西坊主ノ沢。そして黄蓮谷右俣と左俣、黒戸北沢、刃渡り沢などが知られます。
これらの中でも黒戸尾根に近接する黄蓮谷は、無雪期は大スラブと数々の大滝を越えるダイナミックな遡行ルートであると同時に、言わずと知れた日本有数の冬期アルパインアイスのクラシックルートでもあります。
黄蓮谷は噴水滝の先で尾白川本谷を分けた後、標高1,900m辺りで左俣と右俣に分かれますが、奥千丈滝200mを擁し、甲斐駒ヶ岳山頂直下に詰め上げる右俣が花形。
沢登りの魅力に憑りつかれてしまった者ならば誰しもが一度は遡行してみたいと思う憧れのルートでしょう。
不動滝・養老滝・女夫滝・梯子滝・遠見滝・大釜の滝・噴水滝・三丈滝・千丈滝・坊主滝・奥千丈滝・奥ノ三段滝ーーー名前のある美瀑がこんなにも。
天下の名水といっても過言ではない清冽な流れのなかに次々と現れる数多の美瀑を越え、大スラブの谷を詰め上がった先に、甲斐駒ヶ岳の頂きが待っている珠玉の沢旅。
黄蓮谷右俣はまさに“渓を辿って頂を目指す”沢登りの理想の全てを体現している名渓と言えるでしょう。
いずれは完全遡行を試みたいルートですが、初めての水系でもあり、今回はまず前半部の偵察遡行を行ってきました。
確かに核心部は後半の奥千丈滝越えとなりますが、偵察といっても尾白川の渓谷美は日本屈指であり、めくるめく美しい水世界を泊まりの沢旅で訪れるのは大変な贅沢であるような気もします。
今回はやむを得ず遅い入渓となったので、黄蓮谷出合でビバークしたのち、千丈滝を越えて黒戸尾根五合目にエスケープするという比較的危険の少ないルート。
黄蓮谷のプロローグを覗いてくるにすぎませんが、その渓相や地形、岩質、水量をしっかりと把握することに重点を置きました。
古くは「尾白渓谷道」と呼ばれた一般登山道があったルートですが、現在はその面影はほとんど残っておらず、完全な廃道と言ってもいいでしょう。
入渓点は尾白川林道の終点から先となりますが、ここまでは2つのアプローチがあります。一つはハイキングで人気のある日向山の登山口近くのゲートまで車で進入し、そこから終点まで1時間余り荒れた林道を歩くルート(現在は錦滝の先で崩落があり通行止のようです)。
もう一つは竹宇駒ヶ岳神社から「尾白渓谷道」を辿って、不動滝前の吊橋を渡り、林道に上がり終点に至るルートです。
渓谷道は千ヶ淵・旭滝・百合ヶ渕・神蛇滝を経て不動滝へ至る魅惑のトレッキングルートでもあり、盛夏の散策にもオススメしたいところ。特筆すべきは龍神平より遥かに見下ろす優美な神蛇滝。釜を作りながら三段に流れ落ちる美瀑は一番の見所になっているようです。龍神平までは一般的に下山に使われる尾根道もあり、今回は時間短縮のためにこのルートを辿ってまずは不動滝のある吊橋を目指します。
因みに、とても古いガイドブックでは不動滝上からの入渓を紹介しているものもあるそうですが、現在は不向きというよりも不可能!とされているようです。不動滝上流300mのゴルジュ帯は懸垂下降で一度降りたら最後、脱出が極めて困難で、大岩がかぶさり絶対に登れない10m滝が行く手を塞ぎ、高巻きもできないと噂されます。50mロープ2本で不動滝を懸垂下降するしか脱出方法がないという情報もあり、安易に不動滝上に降り立つことがないよう注意する必要があります(遠目に見た感じ、不動滝を巻き上がるだけでも大変困難であるように思えました)。
確かに吊橋の手前に立入禁止の踏み跡が右岸沿いにありましたが、これがかつての「尾白渓谷道」だったのでしょう。不動滝を右岸から巻いて、ひょうたん淵と養老ノ滝を越えて刃渡り沢出合に通じていたらしいですが、今は完全な廃道。ここは絶対に立ち入ってはいけない場所です。
不動滝を眺める吊橋を渡った後、沢沿いに左の踏み跡を辿ります。古めかしい階段を登り切ると枝尾根に。さらに尾根を詰めると尾白川林道に出ます。林道といっても未舗装でもはや車の通行はできない廃林道。荒れ果ててはいますが、崩壊箇所はありません。途中尾白川を隔てて天高く突き上げる黒戸尾根が左手に望めますが、意外に高いところを通っていることが分かります。年代物の隧道を3つ越えるとようやく林道終点へ。
ここから入渓点までは急下降。踏み跡はとても明瞭で、固定ロープがあるので、それを利用しグングンと高度を下げます。入渓点となる小さな河原は明るく穏やかな渓相。甲斐駒の奥深い懐に入ったことで、否が応でもテンションが上がります。
尾白川の壮麗な美しさは、白い花崗岩が織り成す美瀑の数々と、エメラルドグリーンに煌めく大釜によるもの。そして清冽な水の流れはまさしく“リアル南アルプス天然水”。アルプスらしいダイナミックな渓相のなかで、めくるめく美しい世界が次々と現れる珠玉の沢旅を体感することができます。
多くの滝は大釜を泳いで取りつき越えていけますが、登れない滝には固定トラロープがあり、それを利用せざるを得ません。また高巻き全てに明瞭な踏み跡がある訳ではありません。特に遠見滝とその先の連瀑帯の高巻きはルートファインディングのセンスが問われるような気がします。
鞍掛沢出合の先から続く見事な連瀑帯を越えると、初日のハイライト噴水滝へ。
この滝はスラブを流れた水が空中にねじれて飛び上がる珍しいものですが、この日は水量が少なめなのか、やや迫力に欠ける感じ。それでも滝そのものは巨象の背を思わせる雄大なスケールで、ナメ滝群の造形は大変美しいものでした。
噴水滝の先は、ナメ床中心の穏やかな渓相となり、上を見上げると奇岩“獅子岩”が厳めしい容姿を見せてくれます。やがて本谷を分ける黄蓮谷出合へ。この日は遅い出発だったので、今日はここまで。整地されている訳でありませんが、右岸の草地上に幕営適地があります。残念ながらビッグファイヤーができるスペースはありませんでした。
天気は段々と下り坂になっており、夜更けにふと外を覗いてみると霧が立ち込め、恐ろしいほどの暗さに慄然としましたが、空も分からないほどの漆黒の闇に包まれている感覚がかえって新鮮でもありました。
翌日は本降りになる前に沢を脱出しなければならないので、夜明けとともに行動開始。
水量が一気に半減した黄蓮谷に入ります。冷たい水に浸かりながら僅かに進むと、いきなり登れない4m滝。大釜左端のルンゼを固定トラロープで直上した後、足場の悪いスラブをトラバースしますが、朝一番のムーブとしてはきついものがあります。その先は滝らしい滝もなく、奥秩父のような苔むした渓相が続き、しばらく淡々と進みます。
そしていきなりガスのなかから忽然と姿を現す千丈滝の雄姿。下から全てを見通せない見事な4段滝です。2段目までは何とか登れますが、3段目と4段目は全く手が出ません。右岸の巻きが容易なので、レベルに応じて安全に登りたいところです。
千丈滝上で今回の偵察遡行は終了。その先の滝の左岸巻き道上に幕営適地があり、ここを利用する方が多いと聞きます。ここからは黒戸尾根五合目を目指し、僅かに残る踏み跡を辿ります。道は五丈沢沿いに進んだあと、岩小屋から沢を離れて枝尾根を直上し、上部から五合目に向けてトラバースするようですが、赤テープも疎らで踏み跡は極めて不明瞭です。一部空身でないと越えられない大岩などもあり、傾斜もあるため体力を消耗します。心理的には踏み跡を求めてしまいがちですが、ここは地形の弱点をよく見極めてガンガン登り詰めてしまう方が効率的でしょう。
結構ヘロヘロになりながら、ようやく五合目登山道に辿り着くと雨も本降りに。ここまで来ればもう安心。あとは黒戸尾根を一瀉千里駆け下るのみ。帰路登山口にある吊橋の上で、機が熟したらいずれは黄蓮谷右俣に挑戦する決意を固め、尾白川に別れを告げました。
山を永くやっていると、誰しも山に“神”を感じることがあるはず。甲斐駒ヶ岳は歴史的にも宗教色が強く、古くから信仰の対象であり、黒戸尾根には多くの石仏が残ります。また尾白川の名の由来も、その霊験により善悪を明らかにする“尾が白い神馬”が住んでいたことによるもの。しかしそうした背景を抜きにしても、尾白川の絢爛たる美しさには、無自覚のうちに神の存在を感じてしまいます。まさに神が創造したのではないかと思えるような荘厳な世界。そこに立ち入るためには、山に対して失礼のないよう謙虚な気持ちで山と向き合わなければなりません。それを怠ればそれ相応の報いを受けるような気にさえさせられます。尾白川に別れを告げるとき、今回怪我なく無事に遡行できたことに対して、甲斐駒の神に真剣に感謝してしまいました。
【参考文献】 日本登山体系9 南アルプス
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