南アルプス 大武川一ノ沢遡行 ~ 圧倒的!超絶150m大滝に魅せられる(地蔵岳北側 大武川支流)
- 投稿者
-
伊藤 岳彦
横浜西口店
- 日程
- 2017年09月04日 (月)~
- メンバー
- 単独行
- 天候
- 曇
- コースタイム
- 大武川林道ゲート(40分)一ノ沢出合(80分)二俣(30分)下ノ大滝(45分)一ノ沢大滝(130分)一ノ沢出合(35分)大武川林道ゲート
- コース状況
- ※ 本文をご参照ください
- 難易度
感想コメント
一ノ沢大滝
一ノ沢大滝は大武川支流の一ノ沢上流部にある秘められた大滝。
6段150m、度肝を抜かれる大景観です。
暑さの和らいだ9月平日、大滝下まで遡行し、往路を下降。
圧倒的な迫力を誇る大滝の威厳に只々畏怖してしまいました。
2017/9/4(月) 曇
大武川林道ゲート[9:36]…一ノ沢出合[10:15]…二俣[11:36]…下ノ大滝[12:02]…一ノ沢大滝[12:48/13:36]…一ノ沢出合[15:40]…大武川林道ゲート[16:12]
■ プロローグ ~ 大滝遠望
平坦な林道が右に大きくカーブすると、徐々に視界が開け、遠くに鳳凰三山や早川尾根を望むことができるようになります。
左の眼下に流れる水量豊富な河川は、大武川おおむがわ。
南アルプス北部の広大な山域の水を集めて北上する雄大な河川です。
大武川流域は、夜叉神峠までに比べればはるかに近いアクセスであるにも関わらず、登山道がないため昨今訪れる登山者は殆どいません。
篠沢橋付近に駐車をして、ゲートを越えて歩き出すと、つい先ほどまで人里を車で走っていたのが嘘のように思えてしまうほど、人の気配が全くなくなり、突然山深い世界にワープしてしまったような不思議な感覚に襲われます。
ゲートからわずか20分ほどで、大武川右岸に大きな谷の切れ込みが見えるようになります。これが一ノ沢。
そしてその上流部に眼を向けてみると、原生林が描く豊かな濃緑の壁のなかに際立つ白線が、異質の空間を作り出しています。
これこそが今回の目的地である“一ノ沢大滝”。
↑ 一ノ沢の切れ込み
↑ 大滝を遠望
『あんなところまで行って、無事に帰って来れるかな?』
不安と期待の入り混じった感情のなか、思わず呟いてしまいました。
■ 大武川は大滝の宝庫
甲斐駒ヶ岳が誇る長大な黒戸尾根と、アサヨ峰率いる静謐な早川尾根、そして地蔵岳より東に派生する尾根に囲まれる大武川流域は、なかなか現在の登山者には馴染みのない世界、言わば“南アルプスの空白地帯”といってもよい山域かもしれません。
唯一バリエーションとして、鳳凰三山の秘峰 !?とされる離山北稜(地蔵岳北面)を辿るルートもありますが、やはりマイナーの域を出ることができません。
しかし、大武川流域にもかつて登山道が存在していた時代が確かにありました。
今でこそ北岳の登山口である広河原へは、当たり前のように南アルプス林道で入山することができますが、1957(昭和32)年に夜叉神トンネルから広河原まで南アルプス林道が開通するまでは、大武川が広河原へのアプローチとして利用されていました。
白州町大坊だいぼうから大武川に沿って登り、赤薙ノ滝を抱く赤薙沢を辿り、尾無尾根を登り詰めて広河原峠に至る登山道。
古くから北岳に至る最短ルートとして古の岳人を迎えていましたが、1959(昭和34)年の台風によって廃道化したとされます。
これ以外にも、かつては大武川本流沿いに仙水峠に至る登山道もあったようです。
大武川の源頭こそは甲斐駒ヶ岳。
甲斐駒ヶ岳南面の白ザレの斜面を源とし、水晶沢の名で南下した後、仙水峠直下で東に向きを変え、赤石沢や赤薙沢など魅力溢れる数多くの支流を集めて、釜無川に注ぎます。
魅惑の大滝が随所に存在するという点では、大武川は大変興味深い流域です。
まず本流には、上流部に君臨する「六町ノ滝」、上流左岸には本邦屈指の奥壁を誇る赤石沢にかかる「赤石沢大滝」、中流右岸には赤薙沢出合奥にある「赤薙ノ大滝」があり、訪れるのは決して容易ではありません。
また下流右岸では、その最大支流である石空いしうとろ川にある「北精進ヶ滝」が有名。
東日本最大と謳われる大滝は落差180mとも言われ、遊歩道も整備されています。
一方下流左岸には篠沢や桑木沢があり、「篠沢大滝」と「黒戸噴水滝」が隠れたスポット。
荒廃は進んでいますが、探勝路を辿って容易に見に行くことができます。
そして、これら大滝群のなかにあって、異彩を放つのが「一ノ沢大滝」。
登山体系によると、6段150m(一部の書では5段170m)。
一般的に地図にも載っていないので、あまり知られていません。
↑ 一ノ沢大滝
150mの大滝となると、台高大峰はともかく、関東甲信では群を抜く巨きさ。
それだけに機会があれば是非この眼で見てみたいという思いがありました。
ただ一ノ沢大滝は、沢登りの世界よりも、アイスクライミングの世界での方が有名。
厳冬期には勇敢なクライマーの方が大氷瀑に挑まれます。
因みに冬のアプローチは、一ノ沢左岸の枝尾根を登り、途中から沢へ下降するのがセオリーとなっているようです。
今回のルートは日帰りで、大滝下まで遡行し、往路の下降を選択。
大滝の高巻きは大変困難であり、枝尾根に詰め上げるのも容易ではなさそうなので、一番確実性の高いと思われる方法で、大滝を訪れることにしました。
■ 遡行感度良好です
国道20号線牧原交差点から篠沢大滝キャンプ場まで車で30分ほど。
キャンプ場から先は未舗装の山道ですが、工事車輌も頻繁に行き来しているらしく、篠沢橋先のゲートまで問題なく通行することができます。
駐車スペースは篠沢橋手前に2台、ゲート手前の窪地に4台ほど。
↑ ゲートからスタート
入渓点までわずか30分ほどなので、最初からネオプレーンソックスを着用。
アプローチ用のラバー沢靴を履いて出発します。
ゲートから歩き出すとすぐに人面ダム。左手に視界が広がります。
以前は人面岩の近くにある人面橋を渡って、大武川の右岸沿いに林道があったようですが、ダムができたためか、現在は新しく左岸に道がつけられています。
↑ 舗装された左岸林道
対岸に一ノ沢が見えると道は下り坂となり、左の方に川へと下る道が現れます。
広場を過ぎてさらに下ると大武川の渡渉点。
ここで早速沢装備を身に着け、フェルト沢靴に履き替えます。
今回はピストンなので、アプローチシューズはここに置いていくことにしました。
↑ 大武川本流渡渉点
↑ 大武川は水量豊富です
対岸に渡り、林道跡のような道を進むと、一ノ沢が見えてきます。
かつては一ノ沢橋が架かっていたそうですが、現在は消失。
ここが実質的な入渓点となります。
↑ 一ノ沢橋跡が入渓点
一ノ沢は、地蔵岳の北にある離山の北東面を水源とするきれいな渓。
途中左俣と右俣に分かれますが、大滝があるのは右俣。
今回は大滝を目的地とした、右俣ピストンです。
序盤は4つの堰堤越え。
出合は平凡ですが、思っていた以上に渓は明るく、美しい苔と白砂が広がる世界は心地よく、遡行感度も悪くありません。
↑ 遡行感度悪くありません
↑ 第一堰堤は左から
↑ 第ニ堰堤は右から
堰堤群はそれほど高いものではないので、踏み跡明瞭、巻きは容易。
昭和の頃に作られたものか、風景に馴染んでいるように見えて、堰堤特有の無機質さを感じないのがいいところです。
第ニ堰堤を越えると、最初の滝が現れます。
岩を潜って取り付けそうな2m滝。
↑ 2m岩潜りの滝
最初の水遊びにはうってつけですが、右から簡単に巻き上がることができます。
今回は大滝まで行って、日暮れまでに戻ってくることが目的。
タクティクスとして、高巻き中心となりますが、なるべく水に濡れないようにし、体を冷やさず、後半まで体力と集中力を維持するつもりです。
↑ 第三堰堤は右から
↑ 第四堰堤
第四堰堤は右のルンゼに年代物の残置ロープがあり、これを利用せざるを得ません。
腕力で攀じ登ります。
↑ 右のルンゼに残置ロープ
↑ 年代物の残置ロープ
堰堤群を越えると沢は暫く平凡になりますが、美しい原生林のなか、熟成された苔と白砂と清流が心の中で輝きを増していきます。
登山体系では二俣まで何もないように記されていますが、登れる小滝が随所にあり、決して単調なものではありません。
↑ 思った以上に明るい渓
↑ 登れる小滝がたくさん
↑ 3段10mナメ
↑ 右を巻きながら
↑ 苔が美しい
↑ 滝の右を登りながら
↑ 水の中を登ります
前半のちょっとした難所は次の7m滝。
↑ 7m滝はちょっと厄介
↑ シャワーで登れそう......
頑張ればシャワーで登れそうですが、ズブ濡れになると疲れるのでここはパス。
写真はありませんが、左岸の大岩の間を強引に縫って登ることで突破しました。
右岸を高巻きで越えることもできるそうです。
7m滝を越えて暫く進むと、最初の二俣に到着。
登山体系では左俣前沢の図があります。1:3くらいの感じです。
↑ 本流は右
この二俣にはテント2張分くらいの幕営適地があります。
ロケーションも悪くありません。
スタート地点から2時間くらいの距離ですが、ここにベースキャンプを張り、大滝を見に行くプランもよさそうです。
遅出の1泊2日。ゆったりとした遡行が楽しめそうです。
↑ 幕営適地ありました
↑ 本流にかかる滝
本流にかかる滝を左から巻き上がると、大岩のなかナメ床が広がります。
↑ この上が本当の二俣です
段々と傾斜が増してくると、左俣と右俣を分ける二俣へ。
1,075m地点、水量比1:2とされます。
↑ 左俣の遡行は容易とされます
↑ 右俣へ
右俣に入ると、さらに傾斜が増し、いよいよゴルジュ帯に突入します。
■ 10mCS滝が立ち塞がる
渓が大きく右に曲がり、突如眼前に現れる直登不能な10mCS滝。
↑ 直登不能な10mCS滝
想像していたよりも大きく立派な滝です。
パッと見て、誰でも右のルンゼから突破することを考えるでしょう。
しかし、見た目以上に傾斜があり、ぐずぐずの斜面を登った後に、ロープでの下降が求められます。
今回は帰りにここを降りなければならないので、ロープで降りてしまった後に、登り返すことができないとアウト!
一瞬“敗退”の二文字が頭に浮かびますが、登山体系に書かれていた文章『右岸の樹林帯から高巻くことができる』という文言を思い出しました。
確かに右岸の大高巻きなら越えられそう。
まずはカーブの辺りから急峻なガレを登ります。
↑ ガレを登ります
その後、傾斜のある斜面を慎重にトラバースすると、足場のしっかりとした樹林帯へ。
鹿の足跡に導かれるように、さらにトラバースすると下降できそうなガレの上部にでます。
↑ このガレを下ります
ほとんど滑り台のような感じでガレを下り、無事沢に戻ることができました。
このルートであれば、帰りに巻き下ることも可能。
ホッと一息入れてから、さらに先に進みます。
その後はしばらくトイ状滝やナメ滝が続きます。
↑ トイ状滝は水線突破
やがて現れる顕著な3段17m滝。
↑ 顕著な3段17m滝
水流左の最初のワンポイントを越えれば登れそうでしたが、ここは無理せずパス。
高巻きは右岸。気持ち高めに巻いて、沢へ戻ることができました。
この辺りは岩が脆いので、側壁のトラバースには注意したいところです。
この先、少し進むと再び二俣。1,200mに位置します。
左の本流には下ノ大滝50mが立ち塞がります。
↑ 下ノ大滝50m
大変立派な直瀑であるのに、この沢にあるばかりに前座のような位置付けになってしまっているのが残念。
これが丹沢にあったら、素敵なネーミングの滝となっていたことでしょう。
さて、この50m大滝は全く手が付けられないので、右岸手前のルンゼから巻き上がります。
↑ 何となく踏み跡あります
↑ ルンゼをさらに上へ
ある程度登ったら、沢に近づくようにトラバース。
あまり登り過ぎないよう注意が必要です。
途中急峻な凹角部があるので、灌木頼りに慎重に通過。
上手に巻けば、落ち口にジャストで出ることができます。
↑ 落ち口にて
ここからはナメ滝群が続きますが、巻いたり中央突破しながら快適に越えていくことができます。
↑ この滝は右端から
↑ この滝は右の岩の隙間を登ります
そしていよいよ目的地である大滝が見えてきます。
↑ いよいよ大滝です
■ 圧倒的じゃないか・・・
遂に、一ノ沢大滝に着きました!
物凄い威圧感!
思わず口をつく言葉。
圧倒的じゃないか!
結構今まで多くの大滝に出会ってきましたが、やはり一ノ沢大滝のインパクトは凄いの一言。
ここをアイスで登られるクライマーの方は本当にすごいと思います。
ただ大滝を見上げているだけで、その神秘性に吸い込まれていく感覚。
あまりにも巨大な自然の造形美には、やはり神が宿っているような気がしてなりません。
『お前は真剣に山を登っているのか?』
崇高な大滝を前にすると、いつもそう問われたような気がします。
■ 遡行を終えて
帰路は遡ってきた渓を下降しながら戻ります。
巻き下りの箇所でも特にロープを出す場面もなく、淡々と沢を駆け下り、2時間ほどで入渓点まで戻ってくることができました。
夏雲が眩い林道から、最後にもう一度一ノ沢大滝を遠望。
『よくもまあ、あんなところまで怪我なく行って来られたものだ』と我ながら不思議な感慨に捉われながら、とても大きな充実感に包まれました。
大武川は沢を愛する者にとっては、とても魅惑的な山域。
時代の変遷とともに、登山者が目を向ける山域も変わっていきますが、大武川流域のように、自然が再び原始の世界へと回帰を始めている世界にこそ、本当の登山の楽しみ方が隠されているような気がします。
現代登山のテーゼとも言える『安全快適』とは、真逆の世界にあるものですが、そこでしか経験できない濃密な時間は、きっと自分の心に深く刻まれ、人生そのものを豊かなものにしてくれるはず。
これからもまだ見ぬ世界を求め、身の丈に合った冒険を楽しんでいきたいと思います。
最後までご一読いただき、有難うございました。
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