越後の名山 巻機山を北から登ってみる ~ 裏巻機渓谷から新道を辿り、源流部のナメ床へ

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投稿者
伊藤 岳彦
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日程
2015年09月15日 (火)~2015年09月17日 (木)
メンバー
単独行
天候
曇時々晴
コースタイム
■ 9月15日(火)  晴のち曇
みやて小屋前駐車場(90分)取水口~新道入口(120分) 大窪沢二俣にて幕営

■ 9月16日(水)  曇時々晴
幕営地(120分)新道七合目辺り(20分)下ノ滝沢源流部ナメ床(60分)稜線(15分)割引岳(120分)新道にて幕営地

■ 9月17日(木)  雨
幕営地(120分)新道入口(60分)みやて小屋前駐車場
コース状況
■ 駐車は五十沢キャンプ場入口で要受付 ¥300/回
■ みやて小屋駐車場30台ほど トイレ有
■ 裏巻機渓谷トレッキングコースはよく整備されています
■ 新道入口に標識あり
■ 新道は踏跡明瞭で、刈払いもされていました
■ トラロープ急登ばかりなので、要グローブ
難易度
Google Map
  • スタートナビ
  • おとな女子登山部

感想コメント

越後の名山・巻機山。
表日本と裏日本を分ける長大な脊梁山脈、すなわち上信越国境稜線のほぼ中間部に位置し、北の越後三山と南の谷川連峰の間にあって、静かな佇まいを見せてくれます。
豊富な高山植物、優美な草原、美しい原生林、そして神秘的な池塘を擁する展望雄大な山であるだけでなく、癒しのナメ床やスラブが光彩を放つ明るい渓を懐に抱くところも大きな魅力です。
巻機山の表玄関口は昔から清水集落であり、登川に面した巻機山南西部の山域が一般的に登山の対象となります。主要登山道はよく整備された井戸尾根コース(檜穴ノ段コース)ですが、他にもヌクビ沢コースと割引沢コースという沢沿いのコースも登られています。
また沢登りルートでは、井戸尾根の東側に有名な美渓・米子(こめこ)沢が多くの遡行者を迎え、西側にも登路登山道が並行する割引(われめき)沢とその支流ヌクビ沢があります。なかでもヌクビ沢のさらに支流の三嵓沢右俣は遡行価値が高く、美しいナメ滝を抱きながら避難小屋の辺りに突き上げています。

一方あまりメジャーではありませんが、巻機山の北側には“裏巻機渓谷”とよばれる一大景勝地があり、その自然の芸術美は一度訪れた者の心をとらえて離さないとも言われます。
巻機山を分水嶺としてみると、魚野川流域の登川水系、三国(さぐり)川流域の五十(いか)沢川水系、利根川本谷流域の奈良沢川水系の3つから成り立っていることが分かりますが、裏巻機渓谷はこのうち五十沢川の上流に位置し、水平歩道のようなトレッキングコースがつけられ、さながら小黒部の趣を醸し出しています。
紅葉の時期はさぞかし美しいと思われるので、秋ならではの渓谷美に興味のある方には是非訪れて頂きたいオススメのスポットでもあります。
しかしこのエリアの歴史は浅く、登川と同じ魚野川水系でありながら、険悪なゴルジュが立ち塞がるが故に、1973年頃まで開拓がほとんど行われていませんでした。
沢登りの観点から五十沢川水系をみると、五十沢という名の通り、非常に多くの支流をもち、その全容を知ることは大変困難でもあります。本流はもちろんのこと、沖ノ沢左俣、本谷沢、上ノ滝沢、中ノ滝沢、下ノ滝沢、大窪沢左俣、同右俣、割石沢、上カケズ左俣、下カケズ右俣、蛭窪小沢などが遡行対象となるようです。
そのなかでも遡行価値の高い沢として魅力的なのは、その支流の一つ「下ノ滝沢」。
五十沢川流域中最大の2段100m大滝を擁し、後半部に展開される広大な“超絶大スラブ帯”は上越屈指の大景観と言っても過言ではないとされます。
決して情報の多い沢ではありませんが、今回はこの「下ノ滝沢」に挑戦する...はずでした(><)。


例年になく活発な秋雨が落ち着いた9月半ばの平日。
気持ちの良い秋空のもと、久々に関越トンネルを越え、裏巻機の登山口である永松を目指します。
裏巻機渓谷へ入るには、五十沢キャンプ場入口にある「森のきりん館」で受付をし、駐車料金として環境保全協力費¥300/回を支払う必要があります。
受付先にゲートがありますが、手動で動かすことが可能。朝7時から夕方5時までは開いているそうです。
キャンプ場から2kmほど勾配のあるカーブを進むと、森林公園「天竺の里」の管理棟「みやて小屋」に到着。駐車スペース30台ほどで、トイレ有。ここに車を停めて渓谷遊歩道に足を向けます。
このトレッキングコースは「みやて小屋」から「取水口」までの往復約6km。道の起伏も激しくないため、初心者でも歩きやすいコース。五十沢キャンプ場で配布されているパンフレットでは、行動時間は往復で約2時間30分となっているそうです。
魚止滝、不動滝、風鼻滝、夫婦滝など名のある美瀑を抱く大渓谷で、取水口付近のV字渓谷は圧巻の渓相。専門的には、甌穴(おうけつ)群といわれる素晴らしい水蝕の渓谷を訪れた者に見せてくれます。そして、取水口より先にはさらに険悪なゴルジュが控えています。
時間と沢装備があるならば、魚止滝入口から渓谷右岸道(一部不明瞭らしいです)を辿ることもでき、より裏巻機渓谷の素晴らしさを堪能することもできるでしょう。
しかし今回は素直にトレッキングコースをアプローチとして利用します。道に散らばった沢山の栗を貪る猿の群れに“ごめんなさい”をしながら、ズンズンと水平歩道を突き進みます。新道入口を過ぎると両岸は岩壁が屹立するようになり、垂直ド迫力に水を落とす風鼻滝に目を奪われます。やがて小1時間ほどで人工の構造物“取水口”=小さなダム!?へ。
問題はここの通過でした。
この先にゴルジュ大高巻きとなる“旧道”が続いているのですが、この日は増水しているのか、水路からけたたましい量の水が吐き出しています。
平時は水路に水はなく、鎖につかまって5mほど下り、再び鎖を頼りにダムに這い上がって対岸に渡るのが一般的のようですが、この日は奔流が鎖を覆い尽くしている状態(因みにもっと昔は針金だったようです)。これは連日の大雨による影響だったのでしょうか。
さすがに強烈なシャワークライムダウンをする気にはなれず、そうなると“ジャンプする”しか突破の方法がありません。距離は2m強くらいなので、確かに空身であれば難なく飛び越えられそうです。しかし、50mロープにテント、シュラフまで持ってきてしまった今回、60Lザックを担いだままのジャンプは至難の業。助走を目一杯つけても、失敗すれば軽い怪我ではすみそうにありません。空身で渡った後にロープでザックを引っ張ろうかとか、帰る日もっと増水してたらどうしようとか、散々悩んだ挙句、臆病風に吹かれて今回は突破を断念(><)。あと10歳若かったら迷わず飛んじゃっていたと思いますが、初日からとても後味の悪い山行になってしまいました。
仕方がないので気を取り直して今後のルートを再検討。旧道へ入れない以上、新道を使ってこのゴルジュを越えるしかありません。結局新道四合目である大窪沢二俣にベースキャンプを張り、下ノ滝沢上流部へ登山道(新道)から下降することにします。大窪沢下部は高巻きさえ困難な最悪のゴルジュ帯なので、下降して下ノ滝沢出合へ向かうのは不可能。甚だ不本意でしたが、それしか残された道がありませんでした。
忌まわしい取水口から敗残兵の足取りでまず新道入口へ引き返します。標識に導かれて新道に入ると、踏跡は明瞭なものの物凄い急登が続きます。これでもかというくらいトラロープが垂れ下がっており、確かにロープにつかまらないと登るのが極めて困難なところ。何十年か前に、強引に道を作ったことがうかがえます。汗ダラダラ土まみれになりながら一山越すと、ようやく沢音が優しい大窪沢が眼下に見えてきます。途中視界の開けた場所から仰ぎ見た巻機山の雄大さと、険悪すぎるゴルジュがとても印象に残りました。
明るい大窪沢二俣が初日の幕営地。右俣に少し入った右岸台地に1ヶ所幕営適地があり、急な増水にも耐えられそうです。上越らしい明るい渓相での幕営は本当に気持ちの良いもの。ゴロ寝でもタープでもツエルトでもなく、テントでゆったりとシュラフに包まるのはやはり最高の贅沢であるような気がします。

翌朝は夜明けとともに行動開始。天気は下り坂のようですが、今日一日はもちそうです。
しかし新道は今日も急登三昧。初っ端からトラロープつかみまくりで、滝を登るように高度を一気に上げていきます。五合目付近!?のトラバースで少し道が分かりにくいものの、概ね登山道は明瞭、よく刈払いされています。二つほど涸沢を横切りますが、登山道は涸沢を辿るようにはなっていません。六合目を過ぎると視界が開け、六日町の街並みが遠くに望めるようになります。その後も急登が続き、東隣の枝尾根と合流すると、眼下に下ノ滝沢上流部がようやく見えてきます。沢には光り輝く癒しのナメ床がダイナミックに連なり、すでに“超絶大スラブ帯”の上部にまで来てしまっていることが分かります。
とりあえず沢に降りてみることにし、急峻な草地のなか、笹や灌木をつかみながらジグザグに下降していきます。沢に降り立つと今までの急登が嘘のような爽快さ溢れる別天地。極上のナメ床のなかで装備を換装し、ミニゴルジュを少し下降。さらに核心部である“超絶大スラブ帯”への下降を試みます。
しかし...気安く下降できるほど上越の沢は甘くありませんでした。
ロープがあるとはいえ、垂直の壁の下の様子は分からず、安易な垂直懸垂下降はやはり危険。結局下降は断念し、ヤブのなかから“超絶大スラブ帯”を見下ろすのが精一杯でした。
沢登りに来たにしては遡行ともいえないトホホ...な顛末になってしまいましたが、気を取り直して源流部のナメ床を辿って山頂を目指します。
良く言えば“癒しのナメ床”、悪く言えば“平凡”の渓相のなか、ゆっくりと歩を進めますが、水は結構な冷たさ。釜に入ると下半身が痺れるようです。
顕著な二俣は右へ。左は段々と傾斜が増し、牛ヶ岳の北側の鞍部に詰め上げている感じですが、今回は右へ右へと小滝を幾つか越えながら本流を辿り、適当なところから傾斜がやや緩く登りやすい斜面に取り付きます。そこからは藪漕ぎもなく、気分爽快な草原の詰め。振り返ると、巻機山斜面の緑の美しさに目を奪われます。
雄大な展望を楽しみながら、優しい草原をゆっくりと登り詰めると、割引岳へ向かう登山道に飛び出します。そこからは一登りで山頂へ。
経過はどうあれ、やはりきちんとした山頂を踏むと山を登ったという実感が湧いてきます。
個人的には不本意不完全燃焼の登山となってしまいましたが、今まで知らなった巻機山北面のディープな世界に身を投じ、巻機山の新たな魅力に触れることができたのは大きな収穫であったと思いたいところです。
巻機山を北側から登ってみようとする方は、最近ではあまり多くはないでしょう。
しかし訪れた者だけが目にすることのできる雄大な景観がそこにはきっとあります。
裏巻機渓谷の凄絶な渓谷美と、今回不運にも見ることさえ出来なかった“下ノ滝沢”の大滝と大ゴルジュ、そして超絶スラブ帯。
清水集落から辿るだけでは決して見ることのできない、変化に富んだ山の貌がきっとあるはずです。
巻機山の真髄はおそらく北側にこそあるのかもしれません。

どの山でもそうですが、一つの山の全容を知ることはとても大変なことです。
巻機山の全てをメジャーな井戸尾根や米子沢を歩いただけで語ることはできません。
北面には今回辿った豪壮険悪な「裏巻機渓谷」があり、南東面には利根川源流である奈良沢に注ぐ美しい数々の支流もあります。東に目を向ければ、利根川水源大水上山から中ノ岳・越後駒ヶ岳へ連なる稜線、南には谷川連峰朝日岳までの稜線が遥かに続いています。
巻機山は変化に富んだ表情を幾つももつ、紛れもない名山と言えるでしょう。
通り一遍の解釈でその山を語ることは、その山のスケールを矮小化してしまうものなのかもしれません。
その山の様々な表情を色々な角度から知り、自らの足で歩いてみる姿勢をやはり大事にしていきたいものです。
四季を変え、ルートを変え、手段を変えてそこに触れることは山の奥深さを知り、新たな発見に胸躍らせることにつながっていきます。だからこそ“登山”の魅力は底無しなのでしょう。


なお今回、本社販売促進部の依頼により、パナソニックのフルHDウェアラブルカメラを携行致しました。沢の動画をアップしてほしいとのことでしたので、私自身が比較的安全で、万人受けしそうな!?“癒しのナメ床”を歩きながらの撮影を敢行。本当のことを言うと、このミッションを敢行することが、この山行の最大の目的でした。しかし、「撮影のための遡行」をすることは想像以上に難しく、迫力あるスリリングな映像を撮ることは容易ではありませんでした。最終的に無難な映像に落ち着いてしまい、大変申し訳なかったとも思っています。
好日山荘アカウントで今後アップされることになっておりますので、マニアックですが、ナメ床歩きの映像に上越の渓の美しさを少しでも感じて頂ければとても嬉しく思います。

【参考文献】 日本登山体系2 南会津・越後の山

フォトギャラリー

巻機山北面源流部には癒しのナメ床が広がります

裏巻機渓谷 取水口より先の険悪なゴルジュを望む

新道登山道より沢へ下降しました

下ノ滝沢中流部にある“大スラブ帯”を上から見下ろします

ミニゴルジュの出口にて

上越らしい開豁なナメ床が広がります

癒しのナメ床をゆっくりと歩いていきます

登れる小滝が続きます

源流部は右へ右へと詰めていきました

遡行を打ち切り、草付きの枝尾根に上がります

登山道を目指して、おおらかな草原を登っていきます

端正な割引岳を望む

新道の踏跡を辿って山を降ります

緑の美しさに目を奪われてしまいます

新道にはとても沢山のトラロープが張ってあります

巻機山は何度でも訪れたい美しい名山です

・実際に行かれる際は、現地の最新情報をご確認ください。
・ご自身の技術や体力に合った無理のない登山計画で山を楽しみましょう。

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