奥利根の名渓 楢俣川本流探勝 ~ 悠久の美渓に癒される(至仏山西面 利根川支流)

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投稿者
伊藤 岳彦
横浜西口店 店舗詳細をみる
日程
2019年10月16日 (水)~2019年10月17日 (木)
メンバー
単独行
天候
コースタイム
奈良俣ダム先のゲート(110分)ヘイズル沢出合(20分)幕営地(30分)矢種沢出合にて入渓(45分)前深沢出合(35分)日崎沢出合(105分)幕営地(140分)奈良俣ダム先のゲート
コース状況
※ 本文をご参照ください
難易度
Google Map
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  • おとな女子登山部

感想コメント








楢俣川探勝



楢俣川本流は奥利根を流れる悠久の美渓。
ならまた湖の出現によって大きな変貌を遂げましたが、上流部は変わらぬ美しい世界が広がります。
ほとんど訪れる方のいない静かな山域で、紅葉前の沢歩きを楽しんできました。






  2019/10/16(水) 晴

奈良俣ダム先のゲート[14:51]…ヘイズル沢出合[16:41]…幕営地[17:00]



  2018/10/17(木) 曇時々晴

幕営地[9:09]…矢種沢出合にて入渓[9:39]…前深沢出合[10:24]…日崎沢出合[11:00]…(往路戻)…幕営地[12:45/14:05]…奈良俣ダム先のゲート[16:24]







■ プロローグ ~ 光る湖

背丈以上のススキに囲まれた林道が右に大きくカーブすると、突然視界が開け、広大な湖が眼前に現れます。
晴れ渡った秋空と、紅葉間近の豊かな山肌、そして直視できないほどに輝く銀鱗の湖面。
風は凪ぎ、鳥のさえずりさえもなく、自分の息遣いのみが聞こえています。







人造湖とはいえ、普段目にすることのない開放的な光景はとても清々しいもの。
昔は尾瀬の入口であったという湯の小屋温泉からわずか1時間半ほどで来ることができる場所でありながら、全く人の気配がないところがいい。
休日にごく少数の釣師が訪れることはあっても、平日にここを訪れる者はまずいないのでしょう。
とても静かな湖畔は、私の心を純粋で穏やかなものにしてくれます。


ならまた湖は、1990年(平成2年)奈良俣ダムの完成によってできた貯水池で、集水面積は95.4㎢。
これだけのスケールがあるにも関わらず、この楢俣川でさえ、利根川本流の一支流であり、奥利根の大自然の一コマに過ぎません。
昭和の頃、もしここにいたらどんな風景を見ることができたのだろうか。
湖がなかった頃の風景。
高校生の頃、バスに乗ってくればまだ見ることができたのに、ちょっと後悔してしまいました。
日本の至る所で人の手が加えられ、自然が加速度的に変化していく昨今。
そのなかで、忘れられたかのように変わらない世界も確かに存在します。
ならまた湖に注ぐ楢俣川上流域もそんな世界の一つ。今回の目的地です。
尾瀬の至仏山へ至るクラシックルートをもちながら、現在ここを訪れる登山者は皆無に等しいかもしれません。
それだけにとても静かな山旅沢旅を楽しむことができます。
昔と変わらない世界を求めて、湖畔沿いの道をさらに奥へと再び歩き始めました。




■ 楢俣川

国内屈指の大河である利根川の上流部は奥利根と呼ばれ、深山幽谷の大渓流が広がる沢登り愛好者憧憬の世界。
一般的には藤原ダムより上流部の利根川本谷流域、すなわち上州武尊山―笠ヶ岳―至仏山―平ヶ岳―大水上山―下津川山―巻機山―檜倉山―朝日岳―白毛門に囲まれた山域を指します。
広大な奥利根には7本の水系があり、最深部の源流をはじめとして、奈良沢川・矢木沢川・楢俣川・宝川・木ノ根川・武尊川がそれぞれ個性ある渓相で遡行者を迎えてくれます。


今回私が訪れたのは、楢俣川本流
船を利用しないと入谷できない源流水系や奈良沢川水系と違い、湖畔の林道を歩いて入渓することができ、技術的に難しい沢も少ないので、初心者―中級者向けの水系とされます。
笠ヶ岳―至仏山―岳ヶ倉山―ススヶ峰―赤倉岳―矢種山―日崎山に囲まれた山域の水を集めて南下する渓ですが、尾瀬の山として有名な至仏山以外はマニアックすぎて、頭の中で地図を描ける方はほとんどおられないでしょう。
ご興味のある方は、昭文社「山と高原地図」の“尾瀬”を広げてみて下さい。
因みに楢俣川本流の源頭となる赤倉山(1,959m)は、2002年の岳人誌で『特選マイナー12名山』に認定されている“名山”でもあります。
“道がなく登頂することが困難な山である”というのが条件の一つに挙げられていますが、ということは、下山路がないということ。
楢俣川本流を遡行した場合、稜線付近の根曲竹まじりの激ヤブは相当に強烈であるため、同ルートの下降が 一般的であるようです。


かつては奥利根の秘境と呼ばれた楢俣川も、ならまた湖の出現とともにその魅力は半減したと言われますが、上流部のナメ滝と釜の美しさは今もって健在。
特に矢種沢出合より前深沢出合まで広がるナメ滝は、本流随一の美しさを誇ります。
技術的にも困難な所はなく、まさに奥利根入門の沢として最適であるとされます。
また楢俣川は遡行価値の高い支流を多く有し、至仏山への登路として古くから知られる狩小屋沢、楢俣川随一の50m大滝を抱く前深沢、かつて猟師が残雪期に利用したとされるヘイズル沢右俣右沢、ナメ滝が多く日帰り遡行に最適な洗ノ沢などが知られます。
ただ今回の沢歩きは、ヘイズル沢出合先にある林道脇幕営地をベースに1泊2日で本流の核心部を探勝する往復ルート。
赤倉山まで登ってきた訳ではありませんが、その悠久の渓谷美の一端をご覧頂ければ幸いです。



アプローチの起点は奈良俣ダム先にある林道ゲート。
関越道水上ICより湯の小屋温泉を目指し、温泉先で奈良俣ダム方面へ左折、2つ目のトンネルを抜けたら突き当たりを右折。
オートキャンプ場との分岐に林道ゲートがあり、周辺に広い駐車スペースがあります。


 ↑ 駐車スペース


 ↑ 林道ゲート

林道ゲートから歩き出すと、至仏山や笠ヶ岳へ至る一般登山道の取付点まではゆるやかな登りですが、ここから洗ノ沢にかかる橋までは長い下り坂となります。
舗装はこの橋までされています。
ここから先はダートとなり、小楢俣沢にかかる橋を渡った先にある分岐を左へ進むと、開放的なならまた湖畔へ。



平坦なダート道が続き、東桶小屋沢にかかる橋を渡った辺りから湖が終わり、やっと川らしい渓相となります。







林道らしくなっているのは左岸から右岸へ渡る橋まで。
釣り師のなかには、ここまでミニバイクや自転車で入る方もいるのでしょう。
車輪の轍が幾つか残っていました。


 ↑ 舗装された橋


 ↑ 橋より上流を見る

その少し先で完全に道が崩れ、そこからは踏み跡を辿る感じとなります。
優雅な本流の美しい渓相を見下ろしながら、もう一つ小さな崩壊箇所を越えると、ヘイズル沢出合にある橋へ。
ここには水位計のある監視小屋があり、駐車スペースからここまで約2時間かかります。


 ↑ ヘイズル沢出合にある橋


 ↑ 水位計監視小屋




■ 極上ソロキャンプ

橋から見下ろす楢俣川本流は水量豊富な癒しの渓相。
ここから入渓することも可能ですが、少し先に急流で流れ込む大きな淵があるとのこと。
夏はともかく、この時期の通過はちょっと厳しいのでもう少し奥から入渓することにします。


 ↑ 本流を見下ろす

またこの橋からはヘイズル沢出合を見下ろすこともできます。


 ↑ ヘイズル沢出合

ヘイズル沢は笠ヶ岳へ直接突き上げる沢で、古くはアルキ沢とも呼ばれており、残雪期に猟師がよく利用していたとのこと。
左俣右俣ともに左沢右沢に分かれる渓で、右俣右沢がもっとも面白いそうです。
夏の日帰り遡行ルートとして興味があります。

さて、もはや林道とは言えない踏み跡をさらに奥へと向かいます。
背丈以上のススキやヤブがありますが、踏み跡は明瞭。



ナメ滝がかかる小さな枝沢を渡って、さらに5分ほど進むと、極上の幕営地がありました。


 ↑ 5張くらいのスペース

申し分ない平坦地で、落ち葉の絨毯があり、焚火台完備。薪も豊富です。
すぐ近くに枝沢があり、水も簡単に得られます。
赤倉岳を目指す本流ガチ遡下降や、前深沢遡行を試みるならば、もっと先の沢中で幕営する必要がありますが、今回はのんびり気ままな沢歩きの気分。
ここをベースキャンプにすれば、荷物も軽くできるし、着替えも便利。
日没までまだ少し時間がありますが、気が付くとテントを広げていました。


 ↑ 極上ソロキャンプ

秋の夜長は読書と焚火。
この日は鳥や獣の気配が全く感じられなかったので、とても穏やかな夜を過ごすことができました。




■ 旧鉱山道を辿る

翌日も晴。
今日は本流の一番美しいところを探勝して、夕暮れまでには車に戻るつもりです。
入渓点は矢種沢出合に決めたので、そこまで1時間ほど山道を歩かなければなりません。
途中渡渉やぬかるみがあるので、最初からフェルト靴を履きます。
肌寒さもないので、上はネオプレーン1枚で十分だと判断しました。
沢装備を身に着けて、ベースキャンプをいざ出発!

幕営地からさらに先へなんちゃって林道を5分ほど突き進むと、道が明瞭に2つに分かれます。
道標など当然ありませんが、おそらく左が沢へ向かう下降路なのでしょう。


 ↑ 分岐っぽいところを左へ

因みに登山体系の狩小屋沢遡行図には、古い指導票・テント場と記載があるところです。
途中狩小屋沢を横切る地点にはロープが張られていました。


 ↑ 狩小屋沢を渡ります

狩小屋沢は至仏山への登路として古くから利用されていたルート。
地元山岳会により沢通しにルートが整備されていた頃もあったそうです。
戸倉~鳩待峠間の車道が開通したのは1963(昭和38)年なので、それまで使われていたのかもしれません。
沢を横切ると踏み跡は本流に向かって下降し、ほどなく本流に降り立つことができます。


 ↑ 穏やかな本流に降り立つ

逆に戻るときにこの道はとても見つけにくいのですが、鉄の棒が突き刺さった大岩が目印になります

以前はきっとここに橋がかかっていたのでしょう。


 ↑ 鉄の棒が突き刺さった大岩が目印

ここからもちろん遡行を開始してもよいのですが、対岸にはまだ踏み跡が続いています。
登山体系には旧鉱山道と書かれています。
因みに釣師の方が来るのはこの辺りまでのようです。
核心部はまだ先にあるので、今回はショートカットをして矢種沢出合までこの道を辿ることにします。


 ↑ 対岸の踏み跡入口

ここから矢種沢出合まではほぼ平坦なトラバース。
何となく獣臭を感じるので、笛を吹きながら早足で駆け抜けることにしました。
数本の小さな沢を横切ってしばらく進み、最後はトラロープが張ってある急斜面を降って、矢種沢へ。


 ↑ 矢種沢へ急降下します


 ↑ 現役のトラロープがあります


 ↑ 小滝の下に降り立ちます




■ 美しすぎるナメ滝

さて本日も遡行開始。




 ↑ 矢種沢出合にて

最初は穏やかな渓相。
台風一過とはいえ、それほど増水しておらず、10月にしては水温も特に冷たくありません。







やがて現れる遡上止メの滝5m。大きな釜をもっています。




 ↑ 遡上止メの滝5m

登路は左。ホールド豊富です。


 ↑ 左壁の様子

この滝上、右岸台地に格好の幕営適地がありました。


 ↑ 焚火跡もあります



ここからは癒しのナメ滝がいくつも続くとても美しい渓相。本流随一の美しさと言われます。
そして奥に待ち構える均整のとれた4段ナメ滝はとても印象深い連瀑。
まさに言葉のいらない世界
紅葉が始まりつつある渓をゆっくりと歩いていきます。

ヤマケイ入門&ガイド『沢登り』では、

明るいナメ状の床は段々を刻んで、低いが水量の豊かな滝をいくつもかけ、深緑色の淵を穿うがった渓に森がかぶり、奥利根の風情とスケールを見せる。

と、端的に記されています。




















 ↑ 左を登ります


 ↑ 右岸から左岸へ


 ↑ ハイライトの連瀑に突入


 ↑ 左岸をへつりながら進みました

水量が多いときは、左岸巻き。踏み跡がありました。
旧鉱山道は右岸を大きく巻き上がっていたようですが、現在は完全な廃道でしょう。


 ↑ 最後の滝

連瀑を越えると沢は右へ大きく曲がり、渓が狭まります。


 ↑ 連瀑上の渓相





■ 日崎沢出合まで

ハイライトとも言えるナメ滝群を越えると、前深沢出合へ。


 ↑ 前深沢出合

前深沢は至仏山の西面を代表する伝統的遡行ルートで、中間部に楢俣川随一の大滝50mがあります。
前深沢出合は大きな岩が転がっている広い空間。休憩するにはちょうどよいところです。
ここからは穏やかな流れが続く癒しの渓相。
20cmくらいの魚がまさに魚雷のようにビュンビュン通り過ぎるなかを、ゆっくりと歩いていきます。










 ↑ 頭上に興味深い岩壁













癒しの渓相をのんびりと歩いていると、ほどなく日崎沢出合へ。


 ↑ 顕著な滝のある日崎沢出合


 ↑ 釜は深いです


 ↑ 右側を登ります

折角なのでちょっと日崎沢を奥まで進んでみると、珍しいハート型の岩がありました。


 ↑ 日崎沢にあるハート岩

まだまだ本流は長く続きますが、今回は時間的にここまで。往路を引き返します。
実は夏から体調不良に悩まされているのですが、とてもよいリハビリになったように思えます。




■ 心のオアシス

楢俣川本流は噂に違わぬ癒しの美渓でした。
開放的な湖畔の道、極上のキャンプサイト、癒しの渓相、そして美しすぎる連瀑帯。
バランスよくエッセンスが散りばめられ、技術的に困難なところもありません。
沢を志すと、遡行してみたい渓が無限大であるため、一度訪れたところへ再訪することはほとんどなくなるものですが、楢俣川にはまたいつか来てみたいと強く思わせる何かがありました。
現在流行の登山シーンから完全にかけ離れているところ、人間の気配が全く感じられないところがいいのかもしれません。
今後どれだけ社会が変化していこうとも、楢俣川は永久不変の美しさを保ち続けていくことでしょう。
心のオアシスとして自分のなかで大事にしていきたい場所がまた一つ増えたようです。




最後までご一読いただき、有難うございました。

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※ 参考文献
・『沢登り銘渓62選』(山と渓谷社/初版2016年)
・日本登山体系3『谷川岳』(白水社)
・ヤマケイ入門&ガイド『沢登り』(山と渓谷社/初版2013年)



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・ご自身の技術や体力に合った無理のない登山計画で山を楽しみましょう。

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