春よ、来い　－梅香る幕山－

長い、長い冬にもそろそろ終わりが訪れようとしている今日この頃


暖かな陽だまりに誘われるかのように、私は久しぶりに外へ出た




『幕山』　神奈川県の湯河原町に位置し、岩登りの山としても有名で、この時期になると3000本もの梅の花が咲く


前から気にはなっていた山で、なまった体には丁度いい慣らしになるんじゃないかと、車を走らせやって来た




早朝


朝日を浴びて満開に開いた梅の花でピンクに染まる幕山。立派なカメラと三脚を手に撮影に訪れる人も多い


公園内を突っ切る様な形でジグザグに山を登って行くと、徐々に人の賑わいも薄れ、梅の木がなくなる程登った頃にはついに私独りになる


道はハイキングコースの様にしっかりと整備され、とても歩きやすい


…が、この冬全然山を登れていなかった私にとっては大きなブランクとなってしまったらしい


大した坂でもないのに息が上がり、呼吸が乱れる


ついには傍らにあった岩の上にヘナヘナと座り込んでしまった






情けないなぁー…


フゥー、と、ため息をつく






両手を後ろにつき、体を少しのけぞらせて空を見上げてみた






高く伸びた木の枝に、枯葉がくるんと丸まって、風に揺られていた



まるで、蓑虫がユラユラとダンスをしている様だった



自分の中の血液が、ドクドクと音を立てて流れる



遠くでは、電車がガタゴトと走っている






ユラ　ユラ　ユラ　…　　　ドク　ドク　ドク　…　　　ガタ　ゴト　ガタ　…






いつしかその三つの音が重なり合って、少しずつ、遠く小さく聞こえなくなっていった






こめかみの辺りからツーっと一筋の汗が流れ落ちた


すると、今度は何故か同じ様に、目頭から一粒の涙が零れた










呼吸を整え、再び歩き始める






それから間もなくして頂上に着いた


山頂は広いカヤトが茂っていて、あまり展望はないものの、とても気持ちが良かった


あまりの気持ち良さと脱力感に、ザックを放り出し、人目もはばからず仰向けにゴロンと寝転がった






目を細め、額に手をかざす


陽だまりは柔らかく、頬を撫でる風は優しかった






しばらく憩った後、お隣の南郷山を経て山を下りて行った






眼下には、暖かい気候で少し霞んだ真鶴半島と湯河原の町が見えた


町に近づくにつれ、ミカン畑が広がって行き、ミカンの甘酸っぱい香りが辺りを漂う






人とすれ違い、こんにちは、と挨拶を交わす


なんてことない、穏やかな時










ある朝、起きて部屋のカーテンを開けると、眩しい程に雪の積もった山が白く輝いていた


その光景は、神々しくもあり、悲しくもあり…


自分一人だけが、どこか取り残されている様な気がした






でも、春の雪溶けと共に、私の心も溶けて行く様な暖かさを感じた






春よ、来い
春よ、恋。










森の中で、ウグイスの雛がホー、ケキョ、と小さく鳴いた