槍ヶ岳晩秋 ~ 新雪の飛騨沢を辿る (北アルプス)
- 投稿者
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伊藤 岳彦
横浜西口店
- 日程
- 2015年11月04日 (水)~2015年11月06日 (金)
- メンバー
- 単独行
- 天候
- 晴
- コースタイム
- ■ 11月4日(水) 晴
新穂高温泉(240分)槍平
■ 11月5日(木) 晴
槍平(220分)槍の肩(20分)山頂(15分)槍の肩(130分)槍平
■ 11月6日(金) 晴
槍平(180分)新穂高温泉
- コース状況
- ■ 滝谷出合には架橋あり
■ 槍平冬期小屋 例年通り使用可
■ 飛騨沢コース最後の水場利用可
■ 飛騨沢上部 積雪膝下まで
- 難易度
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感想コメント
北アルプスも紅葉の喧騒から解き放たれ、徐々に雪化粧を纏いながら厳しい冬の到来を待つ季節となりました。
何人もいない大自然のなかに独り佇みたいとき、11月の北アルプスほど適した山域はないように思えます。
そろそろ冬に向けた体作りを意識し、装備と思考回路を整え、少しずつ雪山に慣れていくことが求められます。
首都圏在住の方が11月前半に雪山へ向かうとすれば、最適な山域はやはり後立山連峰でしょう。八方尾根、遠見尾根、柏原新道など比較的アクセスに恵まれたルートを選ばれる方も多いのではないでしょうか。
しかし私はというと、今年はまだ沢歩き気分が意識の底から抜けず、思わず流水豊富な幕営地だけをピックアップしてしまいます。
水の調達は言うまでもなく登山戦略上の重要な問題です。確かに雪があれば極端な話どこでも幕営することができますが、必ずしもきれいとはいえない新雪を融かして、不味いお茶を飲むのはまだしたくないなあ、という本音もあり、今回は後立山連峰を敬遠してしまいました。
流水豊富で静寂に満ちた幕営地として、真っ先に思い浮かぶのはやはり「槍平」。双六方面を目指し、「秩父沢」や「双六カール」に流水を求めることもできますが、今回は久しぶりにちゃんとしたピークらしいピークを踏みたい!という原始的な!?欲求が高まり、一路飛騨沢ルートから槍ヶ岳を目指すことにします。
改めて北アルプス南部の地図を広げてみると、槍ヶ岳ほどルートが豊富な高峰は他にはあまりないことが分かります。
そのピラミダルな山容にふさわしく、槍ヶ岳は東西南北四方に山稜を伸ばし、中岳や南岳へ通ずる南の縦走路、東鎌尾根、西鎌尾根に道がつけられ、北鎌尾根もバリエーションの雄として未だ健在です。
分水嶺としてみるならば、東南に槍沢(梓川源流部=信濃川水系犀川の上流域)、南西に飛騨沢(蒲田川源流部=神通川水系高原川の上流域)があり、直登のためのメインルートにもなっています。また北西に千丈沢、北東に天上沢(いずれも水俣川源流部=信濃川水系高瀬川の上流域)を抱き、さすがにここにルートはつけられていませんが、一部の篤志家のなかには湯俣を基点としたガレ沢周遊を楽しむ方もおられ、新宿店におりますと、年に一度くらいは千丈沢遡行→天上沢下降に行かれる方にお会いできます。おそらく湯俣温泉までのアプローチがもっとよければ、後者2沢にも何らかのルートが作られていたのではないでしょうか。
こうしたルートの豊富さはその颯爽とした雄姿と相まって、槍ヶ岳の人気の高さを支えているように思えます。
今回私が訪れたのは岐阜県側の飛騨沢ルート。
今更紹介する必要はないかもしれませんが、槍ヶ岳への最短ルートとして周知されています。
表玄関口としては当然上高地を登山口とする槍沢ルートが定番ですが、上高地にはシャトルバスで入る必要があり、やや不便を感じます。また冬期は駐車スペースのない釜トンネルから歩かなければなりません。
一方の飛騨沢ルートは、新穂高温泉に登山者向けの無料駐車場があるので、マイカーで入ればすぐにアクセスすることができます。また新穂高温泉へは高山から定期バスが平湯温泉経由で通年乗り入れているので、公共交通機関で来る場合でも大変便利です。
飛騨沢ルートは槍沢ルートと同様に特に危険個所はありませんが、風光明媚な点ではやはり小梨平・明神・徳沢・横尾・槍見河原など見所満載の槍沢ルートに軍配が上がるでしょう。しかし飛騨沢ルートには明るく開けた別天地「槍平」があるので、静かな幕営を愉しみたい方には是非オススメしたいところ。11月半ばまで上高地には多くの方が訪れますが、反対側の飛騨沢を訪れる方は少なく、とても静かなトレッキングを楽しむことができます。
槍平はシラビソに囲まれた河原状の平地。とても気持ちの良い空間です。東側に水量豊富な枝沢があるので、厳冬期以外は水に困りません。幕営地も大変広く、よく整地されています。もちろん冬期小屋も開放されているので、悪天候時は本当に助かります。
今回はここ槍平で2泊幕営するというゆったりとしたプラン。
夏ならば日帰りトレランスタイルでピストンされる方も多いようですが、朝晩の寒さに体を慣らすことが冬山準備の一歩であると思うので、時間の許す限り滞在するなかで、自分の時間を楽しむことにしました。
ちょうど夜中に冬の錚々たる星座が瞬く季節。夏の間はずっと深い森や谷底にいることが多かったので、久しぶりにみる満天の星空がとても新鮮なものに思えました。
積雪が出始めるのは、千丈沢乗越への道の分岐がある辺りから。
この日は快晴無風で、気温も高め。まるで春山に来たかのような陽射しの強さで、要サングラスです。
西鎌尾根、中崎尾根、大喰岳西尾根に囲まれたカール地形は高山らしいアルペン的な雰囲気に満ちており、グングンと気持ちよく高度を上げていくことができます。
振り返ると笠から双六にかけての稜線がそびえ立ち、鏡平と同じくらいの高さにまで登っていました。
雪は少しモナカ状になってきており、アイゼンなしでも登っていけますが、折角なので久しぶりにアイゼンを装着し、なるべく最短距離での登高を試みてみます。
上部は風でトレースも消え、積雪は膝下くらいまで。意外に深く足が入り込み、結構時間がかかってしまいます。下手に深い雪に突っ込むよりも、夏道通しで露出した石の上を選んでジグザグに登る方がやはり効率的でしょう。一歩一歩に時間がかかる場面もありましたが、何とか飛騨沢を登り切り、ようやく飛騨乗越へ。少し肌寒くなってきましたが、依然半袖で充分。まったく晩秋とは思えない暖かい陽気で、今一つ槍の穂先に取り付くための緊張感が湧いてきません。
槍の山頂からみる壮観な景色はいつ見てもやはり素晴らしいもの。
スケール溢れる穂高連峰、足元に険しく切れ落ちる北鎌、そして白銀を纏い始めた黒部源流域の高峰群。
頂らしい頂を踏み、北アルプスの大観に囲まれると、やはりこれこそが登山の原点なのだということを思い出させてくれます。
とはいえ無事に穂先から降りて槍の肩に戻っても、残念ながら大きな達成感は感じられず、あたかも期限までに報告書を提出したくらいの小さな安堵感しか得られないことに我ながら苦笑してしまいます。快晴無風。今回はあまりにも条件が良すぎてしまいました。
冬山に向けて心と体をしっかりと作っていかなければならないこの時期。
少しずつ寒さに慣れるため、そしてまたお客様に対しリアルタイムで的確なレイヤリングアドバイスが日々行えるようにするため、雪山に足を運びながら、晩秋新雪の登山をしばらく楽しみたいと思います。
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