奥秩父の名渓 竜喰谷 ~ 数多の美瀑と戯れる深山幽谷の渓へ (将監峠南面 一之瀬川支流)
- 投稿者
-
伊藤 岳彦
横浜西口店
- 日程
- 2016年06月15日 (水)~
- メンバー
- 単独行
- 天候
- 曇
- コースタイム
- 石楠花橋(5分)竜喰谷出合(30分)精錬場ノ滝(20分)下駄小屋ノ滝(30分)曲り滝下(80分)大小屋沢出合(45分)大常木林道/遡行終了点(80分)作業小屋跡(25分)ニノ瀬(15分)石楠花橋
- コース状況
- 本文をご参照ください
- 難易度
感想コメント
竜喰谷
過去はみな、未来のわざの備えぞと、知れば貴し、悔いも悩みも。
尾崎行雄
竜喰谷は毎年一度は訪れたくなる奥秩父の名渓。
奥秩父らしい深山幽谷の趣のなか、数多の美瀑と無心で戯れる時間はまさに至福の時。
見る者の心を打つ美瀑を幾つも軽快に越えていける爽快感はこの渓の大きな魅力です。
情趣溢れる山深い渓相は何度訪れても美しく、心をとても清らかなものにしてくれます。
総画像数125枚でお送りする幽玄な渓谷美。
新緑のなか沢を歩く気分を少しでも味わって頂ければ幸いです。
2016/6/15(水) 曇
石楠花橋[13:21]…竜喰谷出合[13:25]…精錬場ノ滝[13:56]…下駄小屋ノ滝[14:14]…曲り滝下[14:45]…大小屋沢出合[16:10]…大常木林道/遡行終了点[16:55]…作業小屋跡[18:16]…ニノ瀬[18:38]…石楠花橋[18:51]
目次
1 遡行
多摩川上流部を訪れるときは、必ずお世話になる「道の駅たばやま」。
未明に到着するも、この日は翌昼まで爆睡してしまいました。
この日はどんよりとした空模様ですが、雨の降る心配はなさそう。
青梅街道から一ノ瀬林道に入ると、一之瀬川の深い険谷を覆い尽くす新緑に目を奪われてしまいます。
きれいに舗装された林道をしばらく進むと、石楠花橋へ。
周囲の前後には駐車スペースがありますが、平日昼すぎでは他の車輌はありません。
釣師も来られるところなので、遅い入渓が実は一番ベストなのかもしれません。
車内で沢装備を身に着け、少し林道を戻り、竜喰谷出合が見えたところから沢へ下降。
駐車即入渓ができるのが竜喰谷遡行の便利なところ。
林道から沢は近いので、この辺りはどこからでも下降できます。
踏み跡をちょっと下ると、すぐに大水量の一之瀬川へ。
【↓】 竜喰谷出合から
【↓】 竜喰谷出合
竜喰谷出合は一之瀬川本流にある竜喰谷出合滝の中段にあります。
滝の途中で沢が出合うケースは結構レアなものではないでしょうか。
↑ 本流の滝中段で出合があります
↑ 梅雨時なので水がとても多いです
大水量にちょっとビビりながら、本流を渡り、竜喰谷出合へ。
奥の壁際は階段状になっているので、慎重に下れば問題ありません。
↑ 壁際をへつって下ります
竜喰谷に入るとすぐ現れるのが、幅広5m滝。
ウォーミングアップに丁度良い美しい直瀑です。
この滝は右側を容易に直登できますが、右岸巻きも可能です。
この日は手がすぐに悴かじかむほどの冷たい水温。ちょっと先が思いやられます。
↑ 右壁を直登します
↑ 水が冷たい!
【↓】 序盤の渓相
↑ 左をへつります
↑ ナメ床が沢山あります
↑ 精錬場ノ滝が見えてきました
【↓】 精錬場ノ滝を越えて
新緑とナメ床に癒される穏やかな渓相をしばらく辿ると、やがて序盤のハイライト精錬場ノ滝8mへ。
金鉱が近くにあることから名づけられた幅広の美瀑で、滝前に広がるゆったりとした空間が印象的です。
【↓】 精錬場ノ滝
一般的には水を浴びながら右側を登りますが、水量が多く冷たすぎるので、今回は左岸を巻きました。
↑ 参考までに左壁の様子
↑ 左岸に巻き道 踏み跡明瞭です
↑ 滝上から見下ろす
滝上右岸には二ノ瀬からの山道が通じています。
何かあったとき、エスケープにも使えそうです。
↑ 右岸に山道
【↓】 再び穏やかな渓相
↑ 魚影あります
↑ 深い淵が沢山あります
【↓】 下駄小屋ノ滝を越えて
やがて現れる竜喰谷最大の下駄小屋ノ滝12m。
大水量を豪快に叩き落とす見事な美瀑です。
【↓】 下駄小屋ノ滝
下駄小屋ノ滝は左のリッジを快適に直登することができますが、全体的に黒光りしており、滑りやすいので注意が必要。
上段部のへつりでは慎重な体重移動が求められます。
巻き道は右岸にあり、上段部も無理せず高巻くことも可能です。
↑ 中段から
↑ 水が生き物のようです
↑ 上段部
↑ 上段より見下ろす
↑ 上段部へつり 黒光りしています
下駄小屋ノ滝を越えると、すぐに優雅な末広がりナメ滝10mです。
【↓】 末広がりナメ滝10m
【↓】 ナメ床中心の渓相
途中階段状2段8×10m滝を越えます。きれいなナメ滝ですが、倒木がとても残念。
中央をシャワーで登ることを強いられますが、水が冷たく思わず悲鳴を上げてしまいました。
↑ 階段状2段8×10m滝
↑ 水が冷たいです
↑ 曲り滝が見えてきました
【↓】 曲り滝を越えて
竜喰谷のハイライトは曲り滝10m。
こちらも大水量を豪快に叩き落とす見事な美瀑です。
【↓】 曲り滝
直登する場合は右がルートとなります。
↑ 右壁全容
↑ 右壁上部
↑ 右壁下部
↑ こちらは左壁の様子
↑ 左岸にあるガレ沢
↑ 滝壺の様子
↑ 豪快な落ち口
右壁の直登は私には困難なので、右岸高巻きで越えます。
高巻きは踏み跡明瞭。あまり大きく高巻きすぎないようルートを見極めます。
トラバースは慎重に。沢への下降はロープ不要です。
↑ 高巻く斜面を望む
↑ 踏み跡を辿ります
↑ トラバースは慎重に
↑ 沢に降りたちました
【↓】 滝上の渓相
↑ 中ノ平沢出合
【↓】 後半の渓相
核心部は越えましたが、まだまだ登れる美瀑が続き、冗長さを感じることがありません。
時々沢中にこだまする鹿の啼き声に驚かされながら、落ち着いた渓相のなか足早に沢を駆け抜けていきます。
↑ 5m滝
↑ スダレ状幅広2段8m滝
↑ 中央をシャワーで登ります
↑ 倒木のかかる5m滝
↑ 左壁を登ります
↑ ナメの小滝が続きます
↑ 8m滝
↑ 右岸も巻けそうです
↑ 左岸に踏み跡
↑ 倒木のある大小屋沢出合
【↓】 源頭部へ
段々と水流が細くなり、渓は徐々に源頭の趣を見せ始めます。
↑ 左岸に古い石積み堰堤
↑ 4mCS滝
↑ 最後の2条CS滝
↑ ふと巨木を見上げます
↑ 幽玄の趣を感じます
↑ 白い砂ガレ もうすぐ遡行終了点です
白い砂ガレを過ぎると、まもなく二俣。
↑ 左が楯ノ沢 右が井戸沢です
右の井戸沢に入るとすぐに大常木林道にかかる橋が現れ、そこが遡行終了点となります。
↑ 遡行終了点
【↓】 下山
帰路は東京都水源林巡視路である大常木林道を辿ります。
この道は地図に記載はないものの、苔の緑をはじめ原生林の美しさを堪能できる素晴らしいルート。
水源林を守るという使命と歴史の重さがひしひしと感じられます。
本来ならゆっくりと森の美しさを愛でながらのんびり歩きたいところですが、もう夕闇が迫ってきています。
暗くならないうちに早歩きで幽玄の森を一気に駆け抜けました。
↑ 楯ノ沢にかかる橋
↑ 苔が美しい
途中1ヶ所分岐があります。左に下ればニノ瀬、右に直進すれば三ノ瀬に出るようです。ここは左に進路をとります。
↑ この分岐は左へ
↑ 作業小屋跡でしょうか
↑ 一ノ瀬林道に出ました 標識はありません
↑ 無事石楠花橋に戻ってきました
2 遡行を終えて
東京起点に日帰りで遡行ができる首都圏近郊の渓のなかで、竜喰谷ほど幽玄な山深さを体感できる渓はないというのは言いすぎでしょうか。
西丹沢玄倉川流域のような華やかさはないものの、東京都水源林としての長い歴史のある多摩川源流域ならではの情趣溢れる風景。
水・滝・淵・苔・樹 ...... 深林と渓谷に関わる全てが美しく、日本的な自然の美しさが凝縮されているように思えます。
そしてそこで感じられる悠久の時の流れは、あまりにも非日常的なもの。
日常からほんの少し離れただけで、それらを体感できるだけに一層その非日常性が際立つような気がします。
至る所で当たり前のように自然破壊が進行している現代社会において、多摩川源流域の森の深みはあまりにも異質なものなのかもしれません。
そもそも多摩川源流域が無益な開発の魔の手から逃れ、太古さながらの自然の美しさを維持できているのは、20世紀初頭、時の東京市長尾崎行雄氏が将来の水資源を確保するために広大な面積の原生林を買い取り、管理を始めたからに他なりません(後述)。
百年先の利益を見据えた行動は、目先のことに振り回される現代人にとっては驚愕にすら値します。
『過去はみな、未来のわざの備えぞと、知れば貴し、悔いも悩みも。』
冒頭にも記したこの言葉は、尾崎行雄の名言の一つ。
登山であれ、人生であれ、経験してきたことは、たとえそれが辛いものであっても、すべて次への「糧」になるはず。
これからどんな逆境が待ち受けているのか知る由もありませんが、苦しいときは竜喰谷の滝を水を浴びながら登っている瞬間の記憶に思いを馳せながら、一つひとつの仕事、一つひとつの登山に真剣に向き合っていきたいと思います。
1 多摩川
多摩川は奥秩父主脈縦走路上の笠取山南面にある水干みずひを水源とし、柳沢川・泉水谷・滑瀞谷・後山川・小袖川・小菅川・日原川・大丹波川・秋川などの支流を合わせて東進する一級河川。
源流部で一之瀬川、奥多摩湖上流部で丹波たば川、下流で多摩川と呼び名を変えていきます。
言うまでもなく、多摩川は東京都民の水道水として重要な役割を果たしてきました。
その水源地帯は奥多摩のみならず、奥秩父や大菩薩の山々にもまたがり、東京都水道水源林として大切に保護され、現在でも大常木林道など地図に掲載されることもないような水源巡視路が人知れずきちんと整備されています。
多摩川源流域の小菅村・丹波山村・一ノ瀬地区(笠取山南面)は行政的には山梨県に属しますが、その大半が東京都水道局の管理する水道水源林であることは広く知られています。
江戸時代までは徳川幕府領ながら地域住民が山に入り、概ね良好な森林経営がなされていましたが、明治以降国や皇室の管理下に置かれると地域住民が山に入るのに様々な制約が入り、源流域の森林の荒廃が著しく進行。
渇水や濁水が頻繁に発生し、憂うべき状況となってしまいました。
明治中期になりようやく、時の東京府は1901(明治34)年に水源地の荒廃を憂い、小菅村の森林などを皇室から譲り受けて、自ら経営を開始します。
そして1909(明治42)年、当時の東京市長尾崎行雄は、多摩川の荒廃した水源地帯を5日間に渡って踏査。「東京市民の給水の責務を負っている東京市が、水源林の経営を行うべきである」として、一帯を買収して水源の涵養を自ら行うことを決断。
その後、これを契機として、荒廃した水源地帯が東京市の管轄に入るとともに、植栽や崩壊地の復旧事業など積極的な施策が功を奏し、水道水源林として今日みられるような見事な森林が形成されるようになりました。
まさに給水百年の計の樹立。
今我々東京都民が安心して暮らせるのは、尾崎行雄のおかげであると言っても過言ではなく、その先見の明は感嘆と敬服に値します。
2 多摩川源流域の沢登り
沢登りの観点から多摩川源流域を見てみると、遡行価値の高い秀渓が幾つも谷を刻んでいることが分かります。
丹波より西へ数キロのところにある滑瀞なめとろ谷には、支流に幻の大滝を抱く火打石谷と、「置草履の悪場」を核心とする登攀的な小常木谷。
大菩薩北面を流れる泉水谷の一大支流には、4段40mナメ滝を抱く大渓流小室川谷。
そして大水量との格闘を余儀なくされる一之瀬川本流には、人跡未踏として太古の自然の姿を今に伝える大常木谷と、曲り滝など数多の美瀑を抱く竜喰谷。
まさに豪華絢爛と呼ぶに相応しい美渓のオンパレード。
竜喰谷はそれらのなかでも、遡行価値の高い渓としては多摩川最奥に位置する渓なのです。
3 竜喰谷
“滝に始まり滝に終わる”と謳われる竜喰谷は、奥秩父を代表する名渓の一つ。
奥秩父主脈縦走路の一角、将監峠の南面を水源として南進し、一之瀬川に注ぎます。
スケールと山深さでは一つ下流の大常木谷に一歩譲る感がありますが、幾つもの適度な滝を楽しみながら越えていくという点において、竜喰谷の面白さは秀逸です。
見所は精錬場ノ滝、下駄小屋ノ滝、曲り滝などの名のある美瀑と、多くのナメ滝が奏でる癒しの渓相。
広葉樹林とカラマツ林のなかを奔走する清流が深山幽谷の趣を醸し出し、訪れる遡行者の心を晴れやかなものにしてくれます。
変化に富んだ飽きのこない充実したルートでありながら、程よい遡行距離、そして駐車即入渓ができ、水源林巡視路である大常木林道を利用して入渓点に戻ってこられる点も嬉しいところ。
巻き道もしっかりとしており、技術的には初級者のステップアップにもオススメです。
また沢慣れたエキスパートの方のなかには、大常木谷を遡行し、竜喰谷を下降される方もおられます。
4 アプローチ
【交通機関利用】
JR奥多摩駅またはJR塩山駅からタクシーを利用するしかありません。
【マイカー利用】
青梅街道(国道411号線)から一ノ瀬林道に入り、石楠花橋手前まで。
一ノ瀬林道はよく舗装されています。
石楠花橋前後付近に数台分の駐車スペースがあります。
↑ 石楠花橋手前の駐車スペース
↑ 石楠花橋奥側の駐車スペース
5 大常木林道
竜喰谷遡行の帰路に使われるのが、大常木林道。
一般的な地図には掲載されていない東京都水源林巡視路です。
青梅街道にある余慶橋を起点とし、岩岳尾根を登り、ハシカキノタルから岩岳尾根の西側をトラバースして、大常木谷に降り立ち、会所小屋跡を経て、更に西へ、モリ尾根をシナノキノタルで越し、狢むじなの巣を経て三ノ瀬に至るルート。
水源地帯の標高1500mのラインに作られており、かつて東京市が大正から昭和初期にかけて伐採と植林(一部の人工林の手入れと整備)のために築いた林道で、この道自体は昔丹波と一ノ瀬を結ぶ古道であったようです。
林道の一部、とりわけ竜喰谷を越えて大常木谷に至り、岩岳尾根に登り返す間は、一切の伐採や人の手の入っていない多摩川水系唯一の自然が残された貴重な場所。
1970年代には大常木谷の御岳沢出合い上流には会所小屋と呼ばれる立派な造林小屋があり、多くの人々が生活していたと言われます。
沢ヤでなくとも、奥秩父の森の深さを堪能するルートとして、本当に山が好きな方には知っておいて頂きたいルートです。
6 立ち寄り湯の情報
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