谷川連峰の名渓 西ゼン ~ 天へと連なる超絶スラブ帯を歩く(平標山北東面)
- 投稿者
-
伊藤 岳彦
横浜西口店
- 日程
- 2018年09月19日 (水)~
- メンバー
- 単独行
- 天候
- 晴
- コースタイム
- 平標新道林道ゲート(25分)バッキガ平(50分)平標新道渡渉点にて入渓(50分)東ゼン出合(40分)第1スラブ帯下(30分)第2スラブ帯下(60分)第2スラブ帯上(15分)二俣(80分)平標新道登山道(210分)平標新道林道ゲート
- コース状況
- ※ 本文をご参照ください
- 難易度
感想コメント
西ゼン
西ゼンは絢爛豪華な渓が広がる谷川連峰の中でも、不動の人気を誇る名渓。
仙ノ倉谷流域の中では最も明るい渓で、美しく磨き上げられた長大なスラブが遡行者の登攀意欲を満たしてくれます。
快晴に恵まれた9月半ばの平日、素晴らしいスラブが天へと続く美渓で爽快な遡行を楽しんできました。
2018/9/19(水) 晴
平標新道林道ゲート[5:27]…バッキガ平[5:51]…平標新道渡渉点にて入渓[6:40]…東ゼン出合[7:33]…第1スラブ帯下[8:13]…第2スラブ帯下[8:44]…第2スラブ帯上[9:45]…二俣[10:04]…平標新道登山道[11:25]…林道ゲート[15:06]
■ プロローグ ~ 登竜門の渓
遂に来てしまった…
その圧倒的な光景の前に、思わず独り言が出てしまいました。
天から水が流れ落ちてくるような2つの急斜面。
目指す西ゼンだけでなく、大滝を抱く東ゼンの威圧感も相当なものです。
西ゼン出合には、スケール大きなナメ滝が立ち塞がり、その先に全貌を見ることはできませんが、広大なスラブ帯が稜線に向かって急傾斜で伸びあがっていくのが分かります。
天国への階段というものがあるのだとしたら、きっとこのような光景なのかもしれません。
↑ 西ゼンを見上げる
『スリップは許されない』『沢靴のフリクションのみの登攀になるので緊張する』などとガイドには書かれているため、長らく挑戦を躊躇っていましたが、自身の経験値アップのためにはやはり避けては通れないルート。
生きている限り、行ってみたい沢、覗いてみたい世界は無限にあります。
西ゼンは、その先の世界へ辿り着くための、言わば今の私の登竜門。
しかし実際に目の前に立ってみると、何となく登れそうな気になってしまうのが不思議なところ。
昨日から心を覆っていた恐怖感や緊張感が雲散霧消し、「やってみよう」という強い意志が湧き上がってくるのが分かります。
しばし佇んだ後、ヘルメットをかぶり直し、いよいよ西ゼンに足を踏み出しました。
■ アプローチは平標新道
仙ノ倉谷は、信濃川の一大支流である魚野川の上流に位置する渓流。
魚野川は、谷川連峰の北面すなわち新潟県側に位置し、平標山から蓬峠までの長大な上越国境稜線に囲まれた流域の水を集めて北上する河川で、その源流部は、東から蓬沢・檜又谷・茂倉谷・万太郎谷・仙ノ倉谷に分かれます。
イメージ的には、吾策新道を挟んで万太郎谷と仙ノ倉谷に大きく二分されると考えると分かりやすいように思えます。
仙ノ倉谷は群大仙ノ倉山荘のあるバッキガ平にて、さらに仙ノ倉沢と毛渡けど沢に大きく二分されます。
この二つの谷を隔てるのは、残雪期の名ルートである仙ノ倉山北尾根です。
西ゼンは、仙ノ倉沢の上流部に位置する渓。
アプローチには平標新道を使うことができ、ちょうどケルンのある渡渉点が入渓点にもなります。
↑ 平標新道入口
↑ 渡渉点
↑ 立派なケルン
渡渉点の近くには、登山道上にはなりますが、1人用テントが張れそうな平地があります。
昨今沢登り以外で平標新道を歩く方は極めて稀だと思うので、ここにベースキャンプを張るのもありでしょう。
1泊2日でかなり時間に余裕をもった遡行が楽しめそうです。
↑ 幕営適地?
因みに渡渉点の少し下流で、北側から平標山へ突き上げる平標沢が分かれますが、単調な渓相なので遡行価値は高くはないとされます。
ここから仙ノ倉沢を遡ると、右岸にダイコンオロシ沢、続いてイイ沢を分けた後、50分ほどで二俣となります。
ここで別れるのが西ゼンと東ゼン。
本流は東ゼンとされ、東ゼンは下部で、岩登りに近い登攀的な中ゼンを分けた後、大滝2段60mなど数多くの飛瀑を連ねて、仙ノ倉山に詰め上げます。
今回訪れたのは、平標山に突き上げる西ゼン。
仙ノ倉沢の中では最も明るい沢で、第一スラブと第二スラブという美しく磨かれた長大なスラブ帯がハイライトです。
因みに「セン」とは滝を意味する地方語。
複合語で「ゼン」とにごることになります。
上信越には「○○ノセン」「○○ゼン」という名のある美瀑が幾つも存在します。
アプローチの起点は、JR土樽駅の少し手前にある毛渡橋から仙ノ倉谷沿いに伸びる林道途中のゲート。
↑ 車止めゲート
関越自動車道湯沢ICから魚野川を遡るように県道を南進し、土樽方面へ。
毛渡橋を渡る前に右折し、平標新道に続く林道へ入ります。
上越線のレトロな鉄橋の下を潜り、林道を奥へ進んで行くと、途中から舗装されているのかいないのかよくわからない凸凹道になりますが、四駆でなくとも徐行して進めば問題ありません。
車止めゲートの前は広場になっており、10台ほどの駐車スペースがあります。
↑ 駐車スペース
もしかしたら、登山者よりも釣り師の方が多いのかもしれません。
さて。
平標新道渡渉点で準備を整え、本日も遡行開始!
↑ 入渓点
この日の水温はとても冷たく感じます。
朝早くで気温も高くはないので、ネオプレーン2枚の重ね着でスタート。
必要以上に下半身を冷やさないよう、なるべく水に入らないようにしながら進んでいきます。
↑ 水が冷たい
入渓から10分ほどで、ダイコンオロシ沢出合へ。
登山体系には、
“ゴルジュの中にいくつかの滝を連ねており、行程もこの流域では短いほうなので、隣のイイ沢を下降すれば経験者に連れられた初心者に向いていよう”
と記されています。
↑ ダイコンオロシ沢出合
さらに20分進むと、今度はイイ沢出合。
この沢の遡行価値は高くなく、専ら他の沢を登った際の下降路に利用されるようです。
↑ イイ沢出合
ここから西ゼン出合まで岩床はナメの連続となります。
↑ ナメが連続します
以前は右手に大きな高巻き道があったようですが、そんな便利なものは見当たりません。
ここは左岸岩床と樹林の境目を縫うようして慎重に歩いていきます。
ナメの最後は直立した7m滝。
これを越えれば、いよいよ西ゼン出合です。
↑ 奥が直立した7m滝
↑ 右を小さく巻きながら
それにしても実に荘厳な二俣です。
美しいナメが左右で合流する景観には心が揺さぶられます。
↑ 西ゼン
西ゼンに対する東ゼンの下部には大滝2段60mがあり、急傾斜の渓が発する威圧感に押しつぶされてしまいそうです。
↑ 東ゼン
↑ 大滝を遠望
東ゼンもいつかは行かなければならないルートですが、まずは今日の西ゼンに集中。
ここまで来てしまうと、緊張感や恐怖感は微塵もなくなり、ワクワク感が段々と心に広がってきます。
■ 渓に陽が射す
西ゼンは釜を持ったナメ滝10×25mで始まります。
↑ 右から登ります
↑ 登りながら
↑ さらにナメ滝が続きます
この辺りで渓に朝日が射し込み、渓の雰囲気が一層明るいものとなります。
↑ 陽が射し込みます
依然広大なナメ滝が続きますが、登路は右。
なるべく傾斜のゆるいところを選んで、リズムよく歩いていきます。
↑ ナメ滝10×20m?
↑ ゆるい傾斜を選んで歩きます
↑ 沢から離れないように左斜上
ナメ滝群を過ぎると、一旦渓は狭まり、違った渓相となります。
↑ トイ状小滝
↑ 第一スラブ手前の全容
やがて顕著なチムニー滝6mが現れます。
↑ チムニー滝6m
登路は左壁ですが、お誂え向きの倒木がセットされており、容易に直上することができます。
↑ 左壁全容
↑ 有難い倒木
↑ 登りながら
この滝を越えると小さな草原?となりますが、とても癒される空間でした。
↑ とても癒されました
ここを過ぎると、まもなく第一スラブ帯です。
■ 第一スラブ帯
第一スラブ帯に入る前に立ち塞がるのが3段10m滝。
まるで門番のような立派な滝です。
↑ 3段10m滝
例年7月中旬頃までこの辺りには雪渓が残っているそう。
この滝の高巻きは容易で、左の草付帯から岩を回り込むように越えていきます。
↑ 高巻きは左から
↑ 右壁の様子
↑ 左壁の様子
↑ 踏み跡は明瞭
この先で、いよいよ第一スラブ帯に突入します。
↑ 第一スラブ帯に入りました
↑ 中央から見上げる
見たところ、水流左(右岸)の方が登りやすそう。
おそらく水流右(左岸)を登ると、滑りやすいうえに水流から離れた方向へ上がってしまい、最後にトラバースを余儀なくされると思われます。
↑ 左が登りやすい?
↑ 水に勢いがあります
↑ 岩溝を直上しました
↑ 左岸の大景観
濡れた岩のトラバースは神経を少し使いますが、経験的にこれなら大丈夫だ、というのが分かるので、緊張することなく快適に突き進んでいくことができます。
↑ スリップ厳禁です
↑ ここは水線突破
ここを突破すると、第一スラブ帯は終了。
まずは第一関門を突破し、ホッとしました。
ここからはスラブ間の狭まった地形となり、4mナメ滝・6m滝・5m滝が続きます。
↑ 4mナメ滝
↑ 右から容易に上がれます
↑ 続く6m滝
↑ さらに5m滝
ここを過ぎると、まもなく第ニスラブ帯です。
■ 第ニスラブ帯
第二スラブ帯に入る前に立ち塞がるのが2段15m滝。
左岸から枝沢を合わせています。
↑ 2段15m滝
左右どちらも登ることができそうですが、右から登ると滝上のトラバースが結構いやな感じ。
直感的に左から登ることを選択しました。
↑ 右側の斜面
↑ トラバースが面倒かも
↑ 左壁の様子
↑ 左を登りながら
この滝上で、いよいよ第二スラブ帯に突入します。
傾斜はさらにキツくなりますが、この辺りに来ると身体も温まり、集中力も研ぎ澄まされているので、恐怖感や緊張感は全くありません。
ただ目の前の岩を淡々と登っていく感じです。
登路は意識的に水流左を登りました。
↑ 傾斜がキツくなります
第二スラブ帯の途中で、顕著な3段15m滝が現れます。
この辺りはまだ陽が射し込んでいないので、少し肌寒く感じました。
↑ 3段15m滝
↑ 折角なので記念撮影 顔が強張ってます
高巻きは左から。踏み跡は割と明瞭です。
↑ 登路は左からの高巻き
↑ 滝下より見下ろす
↑ 左を巻き上がりながら
この滝を越えると、再びスラブ帯の登りとなります。
↑ この辺りはラバーソールで登攀
途中乾いた岩の登攀には、安全を考えフェルトからラバーソールに履き替えて対応。
クライマーではない私が“登ることがとても楽しい”と感じているのが、自分でも不思議でした。
集中していたせいか、第二スラブ帯の突破はあっという間の感じ。
最後はスラブ帯最上部の連瀑を乗り越え、核心終了です。
↑ 比較的新しい残置
↑ 核心終了です
無事に怪我なく核心を突破することができて、ホッとしました。
■ 密ヤブを越えて
スラブ帯を越えれば、渓相は一転し、さしもの西ゼンも源頭の趣を見せ始めます。
↑ 幅広滝8m?
↑ 左から容易に巻けます
↑ 源頭部らしくなってきました
やがて二俣1:1へ。
↑ 二俣へ
ガイドなどでは右俣を詰め、最後は藪漕ぎ、というのがセオリーのようですが、一部のWEB記録によると左俣の方が藪漕ぎは少ないという情報も散見されます。
どちらも大差ないのかもしれませんが、迷った挙句、
どちらにしようかな、神様の言う通り
で、左に決定!
今回の詰めは左俣です。
↑ 気温も上がり、シャワーが気持ちいい
少し進むと奥の二俣となりますが、ここも左に進むことにしました。
↑ 奥の二俣右にある多段滝
藪漕ぎなしだったらいいな!と思っていましたが、やっぱり甘くはありませんでした。
山の神様に最後与えられた試練は、濃密な笹(ネマガリタケ?)との格闘20分。
そして突如登山道に飛び出し、歓喜の瞬間が訪れます!
ウオー!道だ!
位置は平標山山頂から少し東に下った鞍部。
登山体系では今は使われない『仙人大平』と記されています。
あとは平標新道を降れば、入渓点に戻ることができます。
平標新道はよく刈り払われており、急傾斜ながら忠実に尾根につけられた道で、まだまだ現役の登山道。
帰路、西ゼンを大きく俯瞰できる場所がありました。
数時間前にあんなところを登っていたのが嘘のように思える不思議な感覚。
自分が誇らしいというよりも、人間の足ってすごいなと他人事のように思ってしまいました。
西ゼンはとても明るく開放的な名渓。
程よい遡行距離で登攀的な遡行を十二分に楽しめるのが人気の秘密なのだと思いました。
今回結果的にロープを使用することはありませんでしたが、全てはルートファインディング次第なのでしょう。
力量に応じて、様々なルートを試すことで、また違った捉え方ができる渓なのかもしれません。
ただ第一スラブ帯、第二スラブ帯ともにスリップの危険があるので、安全第一で遡行するのであれば、右岸の乾いた部分を登れば難易度は低くなるように思いました。
また沢靴はメインをフェルトにして、登攀的な部分のみラバーソールに履き替えました。
私はラバーソールをアプローチ&下山に使用するので、必ず両方携行します。
必ずしもラバーソールが必要ではないと思いますが、やはりラバーのフリクションの高さは大したものです。
また午前中の早い時間に遡行を試みるとこの季節は少し肌寒く、登路が逆光となるため写真的にはやや不向きだと思いました。
時間に余裕があるなら、少し遅めの出発の方がよいのかもしれません。
自らが定めた課題を一つクリアできると、大きな充実感とともに、自身の登山スキルの向上を実感できるものです。
登山はステップ・バイ・ステップがとても重要。
登山というものが、経験に「刻み」を付けることであるとするならば、大きすぎる刻みは命を失うことにもなります。
自分の成長のために、次どのくらい先にどんな刻みをつけるのか見極めていくことが大事であると思います。
その意味で、次の高みに向かって今回納得のいく「刻み」を自分の中につけることができたように思えます。
最後までご一読いただき、有難うございました。
※ 画像サイズはスマートフォンで見やすい大きさに設定してあります。
※ 滝表記については、『沢登り銘渓62選』(山と渓谷社/初版2016年)を参照させて頂きました。
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・実際に行かれる際は、現地の最新情報をご確認ください。
・ご自身の技術や体力に合った無理のない登山計画で山を楽しみましょう。