多摩川源流 泉水谷沢歩き ~ 水量豊富なゴルジュに魅せられる(泉水谷出合から小室川谷出合まで)

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投稿者
伊藤 岳彦
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日程
2017年07月24日 (月)~
メンバー
単独行
天候
コースタイム
三条新橋ゲート(90分)高ヘヅリ(50分)小室川谷出合(30分)三条新橋ゲート
コース状況
※ 本文をご参照ください
難易度
Google Map
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  • おとな女子登山部

感想コメント






 泉水谷




右手の川石を飛んで行く。河身の右へ折れる所に、右から土砂が押し出て、墜石が一杯に詰つて居た。流は左へ曲り、更に右へ折れる所に大淵と名づけられる淺い淵があつた。淺いのと日光の射入とで、底が透いて見える位であつたが、この邊さし當り魚族の棲息處らしく、氏(※)の右手の上下する毎にめまぐるしいばかりに、銀閃の連續であつた、併し時期が早い故か、何れも小さいものに過ぎない。


 原全教 『奥秩父』  紀行“小室川遡行” より


※ 同行の木下家若主人孟一氏





泉水谷は大菩薩嶺北面を流れる多摩川の一大支流。
美しい東京都水源林のなか、豊富な水量を抱えて雄大に流れる大渓流です。
遡行価値の高い渓としては、泉水谷の支流小室川谷が有名ですが、今回は泉水谷出合から小室川谷出合までをゆったりと辿る半日遡行。
立派な林道がある現在、ほとんど人が立ち入らない空白地帯ですが、その渓相は先人が眼にしたものと同じく、大変素晴らしいものでした。





  2017/7/24(月) 曇

三条新橋ゲート[13:32]…高ヘヅリ[15:06]…小室川谷出合[15:58]…三条新橋ゲート[16:36]







■ 失われた世界

今回は沢歩きというか水遊び。
都会の暑さに耐えることができず、休みになるとまるで河童のように水を求めてしまう今日この頃。
清流にどっぷりと浸かるために、今夏2度目の多摩川上流域へ向かいました。

“失われた世界”と呼んでもよいでしょうか。
先人が苦労を重ね、渓を辿って訪れていた場所の上に、車道や林道が作られ、誰も訪れることがなくなってしまった場所というものがあります。
そこにはもしかしたら宝石のように輝く心動かされる風景が残っているかもしれない……そんな妄想をたくましくしてしまうものです。
昭和初期、木暮理太郎や田部重治に続いて、奥秩父に分け入り、その景観を賛美し、世に知らしめた原全教
その著書『奥秩父 正・続』は奥秩父全書として、空前絶後の山書と言われます。
そこには、現代人がもはや訪れなくなってしまった世界が多く描かれています。
今回私が遊びに出かけたのは、そんな場所の一つ、泉水谷です。

多摩川は奥秩父主脈縦走路上の笠取山南面にある水干みずひを水源とし、柳沢川・泉水谷・滑瀞谷・後山川・小袖川・小菅川・日原川・大丹波川・秋川などの支流を合わせて東進する一級河川。
源流部で一之瀬川、奥多摩湖上流部で丹波たば川、下流で多摩川と呼び名を変えていきます。
言うまでもなく、多摩川は東京都民の水道水として重要な役割を果たしてきました。
その水源地帯は奥多摩のみならず、奥秩父や大菩薩の山々にもまたがり、東京都水道水源林として大切に保護され、現在でも大常木林道や大黒茂林道など地図に掲載されることもないような水源巡視路が人知れずきちんと整備されています。
多摩川源流域の小菅村・丹波山村・一ノ瀬地区(笠取山南面)は行政的には山梨県に属しますが、その大半が東京都水道局の管理する水道水源林であることは広く知られています。

泉水谷もそのような水道水源林のなかを流れる美しい大渓流の一つ。
トレッキングルートとしては、谷沿いに延びる泉水横手山林道を歩き、終点近くから丸川峠に通じる登山道を辿って、大菩薩嶺へ向かうこともできますが、トレランに最適であるとはいえ、マイナーの域を出ることはありません。
また小室川谷出合から大菩薩嶺へ直接登る大菩薩嶺北尾根はクラシックルートとして知られますが、現在訪れる方は皆無でしょう。
沢登りの観点からは、泉水谷の一大支流小室川谷と初級向けの大黒茂谷に遡行価値があり、特に小室川谷は首都圏近郊にありながら濃厚な沢旅を堪能できる一級品のルートとして大変貴重です。
しかし泉水谷を訪れる方の多くは釣師であり、むしろ登山より渓流釣りの世界での方がメジャーであるのかもしれません。

このように認知されている泉水谷ですが、実は“失われた世界”をもっている谷でもあります。
現在は林道を使って皆が奥へと簡単に足を踏み入れてしまいますが、泉水谷出合から小室川谷出合までの間は、通過するのが当たり前となってしまい、誰も訪れなくなってしまった世界。
しかもそこは林道のはるか下にあるため、誰の目にも触れませんが、意外にも深い谷が刻まれている可能性があります。
この部分の様子は原全教の紀行文に克明に記されており、機会があれば自分の眼で確かめてみたいという想いがありました。



国道411号線(青梅街道)から泉水横手山林道に入り、三条新橋先にあるゲートが出発点。
ゲート前には10台弱ほどの駐車スペースがあります。
平日の昼すぎでしたが、釣師の方のものでしょうか、この日は3台の車が停められていました。
今日はアプローチなしの駐車即入渓なので、車内で沢装備を身に着け、フェルト沢靴のままスタートします。
ゲート前からすぐに渓に降りる踏み跡もありますが、入渓前にちょっと先の様子を偵察してみると、ゲート先のすぐ上流の河原に釣人がいる模様。
迷惑をかけたくないので、少し上流から渓に降りることにしました。
ガードレール沿いにロープなしで降りられそうな斜面を見つけて急降下。
逆沢出合よりやや上流部が入渓点となりました。


 ↑ 入渓点

入渓するといきなりゴルジュ。
どうやらここは蛇淵と呼ばれるところのようです。






 ↑ 蛇淵

原全教の紀行文のなかには、こんな説明があります。



昔ある岩魚釣が他人に釣らせまいとの利己的根性から、主の大蛇が居て、釣をした者を引きずり込むと云ひ觸らし、長い間信じられて居たものであるさうだ。随分人を喰つた話であるけど、斯かる例は相當あるかも知れない。



渓が蛇のように曲がっているから蛇淵というのかと思っていましたが、こんな謂れがあるとは、という感じ。
淵といってもそれほど深くはないので、豊富な水の中をゆっくりと歩くことができます。
林道のはるか下にこんな立派なゴルジュが隠されていることに驚きを隠せません。
今まで素通りしていたのが何だか勿体なく思ってしまいました。
蛇淵を過ぎると、この先は幾つかの大きな釜を現れます。











途中文献によると“加藤廻り”という大崩壊地があるようなのですが、よくわかりませんでした。



少し行くと、「加藤廻り」と稱する淺い淵がある。これは水源林事業創始の頃、地圖にある右岸の林道をつける工事中、加藤と云ふ土工が挺子てこに跳ねられて、約六十米の直下へ投げ飛ばされ、更にこの淵へ陷つて死んだ所であると云ふ。



やがて次なるスポット“猿平サルビラノ長瀞”。
原全教の著書にも写真があり、100年前とほぼ変わらぬ姿を留めていました。
清流が穏やかに流れる心休まる瀞ですが、深くはありません。
時折走る魚影に魅せられながら、ゆったりと歩きました。




 ↑ 猿平ノ長瀞




こゝは著しく林相が優れて來た爲と、左右の山脚が高峻になつたのとで、境地は一段と深みを加へ、約五十間位、水は死んだ様に靜止して居る。こゝには猿平ノ長瀞と云ふ特異な名稱が與へられてある。



この先、渓の水量は依然豊富なまま今日の核心でもある“高ヘヅリ”へ。


 ↑ 高ヘヅリが見えてきました







             





■ 高ヘヅリをトラバース

“高ヘヅリ”は原全教の紀行文では最悪の嶮として描かれています。
昔とは地形が異なるのかもしれませんが、実際にはそれほど困難な悪場という訳ではなさそうです。




 ↑ 高ヘヅリは左から越えます

釣人用と思われる古い残置ロープはありますが、足場は豊富にあり、三点支持で慎重にトラバースしていけば問題なく通過することができます。


 ↑ 残置ロープ


 ↑ 通過したところを振り返る




峽間は精々ニ間位に過ぎないが、約五十間位は全く一續きの深潭である。まだ芽生えぬ岩罅がんかの樹梢を透かして射込む強烈な日光に、蒼い水面は氣味惡くぎらぎらと光つて居る。




 ↑ 高ヘヅリの先はまたゴルジュ

高ヘヅリを越えると、あとは目立った悪場はなく、淡々と大きな釜と小滝を越えていく感じ。
美しい森を愛でながら、ゆったりとした清流歩きをするのもたまにはいいものです。



















積極的に水のなかに体を入れてきたので、わずか数時間の遡行でも体がかなり冷えてきました。
入渓前に汗だくであったのが嘘のようです。
小室川谷出合の手前に“金五郎ノ瀧”“金五郎ノ小屋場跡”というのもあるようですが、これも特定できず。
それほど顕著な滝は見当たりませんでした。
遠くに泉水谷本流に架かる木橋が見えたら、まもなく小室川谷出合。
今回の遡行終了点です。


 ↑ 遠くに木橋が見えました


 ↑ 小室川谷出合


 ↑ 泉水谷本流に木橋が架かります







          





小室川谷遡行(2017年5月)の記録はこちらをご覧下さい




■ 帰路はわずか20分ほど

小室川谷出合から林道までは立派な作業道が伸びています。


 ↑ 木橋を渡って帰ります

林道へ出れば、あとは20分ほどの林道歩きでゲートまで戻ることができます。
時間をかけてゆったりと遡ったところをわずかな林道歩きで戻れると、ちょっと淋しい気もしますが、今回も予定通り周ってくることができました。
半日の沢遊びでしたが、“失われた世界”はおそらく昔と変わらずとても美しく、心に残るものでした。
今回のルートは特に危険な箇所はなく、沢遊びにピッタリ。
多摩川源流域の美しい森を巡る清流歩きは、初めての沢歩きに大変オススメです!

奥秩父に限る訳ではありませんが、“失われた世界”はまだまだ探せば幾つかありそうです。
例えば、雁坂トンネルの北側、国道140号線の下を流れる滝川本流。
川又から豆焼沢出合までの区間は今の時代おそらく誰も訪れることがないでしょう。
機会があれば、原全教の記録を読み込んで、歩いてみたいルートの一つです。

自分なりのテーマで、既成の枠に捉われることなく、自由にルートを設定し、自身の探求心や好奇心を満たす登山も面白いものです。
終わりのない楽しみを知っていると人生も楽しくなるものなのかもしれません。
まだまだ知らない世界がいくらでも山のなかには残っています。
そこで出会う感動や瑞々しい感性を心に刻みながら、これからも自分なりの登山を追求していければいいと思います。

今回も帰りの立ち寄り湯は丹波山温泉。
食堂や休憩スペースもあり、とてもくつろぐことができます。
ちょっと沢で遊んで、温泉でゆったりと過ごすだけで、とてもよい気分転換になりました。


丹波山温泉のめこいの湯(木曜休)の情報はこちらをご覧ください




最後までご一読いただき、有難うございました。

※ HTMLを使用したレポート掲載については許可を得ております。

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フォトギャラリー

泉水谷は水量豊富な大渓流です

蛇淵と呼ばれるゴルジュ

どっぷりと水に浸かりながら進みます

猿平ノ長瀞は癒しの空間

水の流れが穏やかです

水の美しさに魅せられます

幾つかの小滝を越えていきます

高ヘヅリと呼ばれる唯一の悪場

右岸の棚をトラバースします

心休まる瀞はゆっくりと歩きます

小室川谷が今回の遡行終了点

とても爽快な沢遊びが楽しめました

・実際に行かれる際は、現地の最新情報をご確認ください。
・ご自身の技術や体力に合った無理のない登山計画で山を楽しみましょう。

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