初冬の北岳バットレスを見上げる ~ 烈風の吊尾根にて

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投稿者
伊藤 岳彦
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日程
2017年12月08日 (金)~2017年12月10日 (日)
メンバー
単独行
天候
コースタイム
芦安(270分)あるき沢橋(180分)池山御池小屋(270分)ボーコン沢ノ頭(45分)八本歯ノ頭手前まで
コース状況
本文をご参照ください
難易度
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感想コメント





 北岳初冬



冬の北岳バットレスの迫力ある豪壮美は筆舌に尽くし難いもの。
ボーコン沢ノ頭で突如出現する北岳の雄姿は、最高の山岳景観の一つと言っても過言ではないでしょう。
芦安から歩いて、初冬の吊尾根を辿り八本歯ノ頭の手前まで。
山頂まで行っていないのですが、年末年始登山のご参考にして頂ければ幸いです。






  2017/12/8(金) 晴

芦安市営駐車場[19:39]…夜叉神峠登山口…鷲ノ住山登山口…野呂川発電所…あるき沢橋[24:30?]



  2017/12/9(土) 晴

あるき沢橋[8:08]…池山御池小屋[11:25]…城峰[12:42] …亡魂沢ノ頭直下にて幕営[16:30?]



  2017/12/10(日) 晴

幕営地[8:15]…亡魂沢ノ頭[8:45]…八本歯ノ頭手前まで[9:29]…幕営地[10:30/11:00?]…池山御池小屋[12:32]…あるき沢橋[15:00/18:00?]…芦安市営駐車場[22:47]







■ 夜の南アルプス林道を歩く


※ 夜間歩行のため暫く画像が出てきません


2017年12月8日夜の甲府地方は案外冷え込んでいました。
山ノ神ゲートから先、夜叉神峠登山口までの山道は凍結箇所が多く、スタッドレスを装着する余裕のなかった私の車では登ることができませんでした。
やむなく芦安にある市営駐車場を出発したのは19時40分頃。
芦安から歩き出すのは初めてですが、夜叉神峠登山口までは1時間半くらいでしょう。
途中で見られる甲府の夜景がとてもきれいでした。
夜叉神峠のゲートに差しかかったのは21時過ぎだったでしょうか。
ひどく明るい常夜灯に威圧感を覚えてしまいます。さすがにこの時間門番はいません。
薄く積もった雪に踏み跡はないので、今日ここを通過した者はいないのでしょう。
誰もいないようですが、心理的にヘッドランプの明かりを消し、コソコソと早足でゲートから遠ざかりました。
しばらく進むと、入口が閉じられた夜叉神トンネルが忽然と現れます。


北岳の冬期ルートは長大な吊尾根が利用されます。
歴史的に吊尾根が脚光を浴びたのは僅かな期間。
かつて北岳に至る最短ルートとして、古の岳人を迎えていた大武川赤薙沢コースが1959(昭和34)年の伊勢湾台風によって壊滅した後に、一時多くの方に利用されたそう。
その後、1962(昭和37)年に野呂川林道の芦安-広河原間が完成。
北岳への登山口は当然広河原が拠点となります。
それ以降、吊尾根は今では冬期ルートとして細々と命脈を保っているような感じ。
しかしアプローチには南アルプス林道を使わざるを得ません。
この林道は冬期、車はもちろん人も通行してはいけないことになっているのが厄介なところ。
正確にはバスの運行のない11月上旬~6月下旬までということになります。
何年も前の“岳人”誌では冬の北岳登山の正当性を真正面から主張している記事もありましたが、毎年年末年始に登るパーティーは少なからずおり、行政的に禁止されているという訳ではなさそうです。

吊尾根登山口がある“あるき沢橋”まで至るには二つのルートがあります。
一つは奈良田から。もう一つは夜叉神峠登山口から。今回私が歩いているのは後者のルートです。
こちらには先ほどのゲートに門番がおり、登山者に理解を示してくれる方もおられるようですが、真偽のほどはよく分りません。
昨今のWEB上の記録を見ると、皆さん朝6時までに通過するのが暗黙のルールであると解している方が多いようです。
あくまで私の推測ですが、鷲住山展望台付近の林道では落石予防工事が<平成30年3月末まで 8:00~17:00>行われている模様なので、ゲート開閉のために7:00~18:00くらいまで門番の方がいると思われます。
今回出発を夜にしたのは、こういう事情もあるのです。
ちなみに奈良田方面には門番はいませんが、大門沢登山口にある開運隧道には3mの高さのあるゲートが立ち塞がり、ここを乗り越えるのは結構大変。
ゲートを突破しても、その先で頻繁に行われている林道工事で足止めを食うことが充分考えられます。


トンネルの中はとても暖かい。
夜叉神トンネル東側入口にある扉を静かに閉めると、冷気が遮断され、まるで暖房の効いた部屋に入ったかのようです。
トンネル内は当然真っ暗ですが、外も真っ暗なので、あまり違和感がありません。
このトンネルは1955(昭和30)年完成なので、60年以上の歴史があることになります。
気温も氷点下にはなっていないのでしょう。
長いトンネル内には水たまりが多く、壁から水が湧き出ているところもありますが、全く凍っていません。
これなら突然上から氷柱つららが落ちてきて、脳天に突き刺さる心配はなさそうです。
ビーニーとネックウォーマーを外し、再びカツカツと歩き出しました。


夜叉神トンネルを抜けると、短い弁天トンネルがあり、その先に夜叉神峠西口があります。
山が深くなるにつれ、冷気も強まったかのように思えます。
カーブしている観音経トンネルを抜けると、アザミ沢、さらに観音経渓谷と呼ばれている絶景があるところへ。
野呂川まで落ち込む観音経の岩壁は、もう一つ小さなトンネルを抜けたところにある天皇皇后御野立所から見るとよいそうです。
私が10代の頃はマイカー規制はされていなかったので、昔はきっと観光名所の一つだったのかもしれません。
しかし当然真っ暗なので、絶景も何もない状況です。
そういえば、『マークスの山』という小説がありました。


山だ。黒一色の山だ。


プロローグは、この辺りで起こった親子心中事件で生き残った少年が林道を彷徨い歩くシーン。
主人公の置かれた環境をリアルに感じることができたのかもしれません。


さて。
ここからはしばらく凍てつくアスファルトの上を慎重に歩くことを強いられます。
滑り止めやチェーンアイゼンがほしいところです。
夫婦めおと滝を右手に感じながら、さらに進むと鷲住山展望台へ。
ここには林道工事殉職者の慰霊碑“黙し偲ばむ”があるところ。
登山道の入口はもう少し先。
枯葉の溜まった端を歩いて、何とか鷲ノ住山登山口まで辿り着くことができました。
前述したように、鷲住山展望台付近の林道では落石予防工事が<平成30年3月末まで 8:00~17:00>行われている模様。
その時間帯全て通れないということではないと思いますが、場合によっては何時間も足止めを食うことも考えられます。
帰りもやはり夜に通過した方が無難であるかもしれません。



■ 夜の鷲ノ住山を越える

吊尾根に向かうためには、林道から離れ、鷲ノ住山を越えて1時間の急降下。野呂川発電所の吊橋を渡って、対岸の林道に再び上がらなければなりません。
鷲ノ住山越えの登山道は、それほど多くの方は利用されないと思われますが、地元の方のご尽力によるものでしょうか、赤テープが豊富で、暗闇でも迷うことなく進むことができます。
往きに急降下するということは、帰り急登を登らなければならないということ。
これが辛いので、奈良田方面からのアプローチを選択した方がよいと思うこともあります。
急降下を半分くらいした辺りでしょうか、視界が開け、北沢越しに中白峰の白い姿が月光に照らされています。
暗闇に浮かび上がる雪嶺はとても幻想的なもの。
あんな高い稜線まで本当に行けるのか、心配になってしまいます。
まるで秘密基地のような野呂川発電所の機械音が大きくなってくると、吊橋はもうすぐ。
夜の吊橋は暗くて高さを感じないので、怖さがありません。
吊橋を渡った後は、北側に伸びる悪路を辿って、再び林道(県道南アルプス公園線)へ。
わずかな登りで、野呂川隧道の北側出口に出ることができます。
ここからは再び林道を歩き、吊尾根登山口がある“あるき沢橋”まで。
中天に輝く半月が谷底を照らす風景が印象的です。
そろそろ日付も変わる頃でしょうか。
今回は登山口辺りで仮眠のため幕営するつもりです。
あるき沢橋の少し手前には、枝沢があり、冬でも流水を得ることができます。
やはり樹林帯で美味しくない水を作る手間を考えると流水は貴重。
水はゴクゴク飲みたいものです。
ただ側壁を滝のように流れる沢なので、濡れないように水筒を満たすことを考えなければなりません。
という訳で、枝沢のすぐ近くにある非常駐車帯?というか路肩にて幕営することに決定。
大量の落葉があるので、落葉の絨毯の上にテントを設営することができました。



■ 吊尾根を頑張って登る

翌朝は明るくなってからスタート。やっと画像が載せられます(笑)。


 ↑ 吊尾根登山口

いよいよ吊尾根です。
吊尾根はエアリアマップでは破線ですが、赤テープが丁寧に多くつけられ、迷う箇所はありません。
聖岳の冬期ルートである東尾根のように道なき道を強引に登っていくのと違い、冬でも登山道を歩けるのは有難いことです。


この吊尾根前半部はかつて複数のルートに分かれていたと言われます。
昭和30年以前?、最も使われていたのが、荒川出合にある荒川橋から吊尾根の取り付くルート(①)。
ついで荒川北沢沿いに旧北岳小屋まであったという北沢横手道を使い、池山から伸びる尾根を辿って池山御池小屋へ直接登るルート(②)。
その後、南アルプス林道が延伸したためか、「深沢下降点」というバス停下車にて、深沢沿いに野呂川へ下降。渡渉して、吊尾根の最末端から登るかなりドМなルート(③)。
最後に開かれたのが、今回紹介している「あるき沢橋」から取り付くルート(④)。
古いエアリアマップでは義盛新道と記載があります。
④以外は現在は完全な廃道。④だけは廃道にならないで欲しいものです。
先述した『マークスの山』の挿絵地図にはこの部分が詳細に記されており、さすがだと思ってしまいました。



最初は滑りやすい落葉の絨毯の上を歩きますが、徐々に雪が見え始めます。
雪がうっすら積もりはじめた辺りから、面倒なので早々にアイゼンを装着。
吊尾根に取り付くための急斜面の登りがしばらく続きます。


 ↑ 美しい原生林のなかを進みます

傾斜がゆるみ、なだらかな斜面をしばらくゆくと、池山御池小屋に到着です。


 ↑ 池山御池小屋

辺りは小さな草原状になっており、何となく気持ちが安らぎます。
そんなに積雪はありませんが、水を作るくらいの雪なら容易に得られるでしょう。


 ↑ 小さな草原

池山御池小屋を素通りし、さらに樹林帯を進むと、徐々に勾配がきつくなっていきます。





1月以降であれば、この辺りからそれなりの積雪量になりますが、今回はアイゼンのまま順調に高度を稼ぐことができそうです。
枝尾根に取り付く急登はじっくり登りたいところ。


 ↑ 急登です

尾根に上がれば、城峰じょうみねはもうすぐ。


 ↑ 尾根を進む


 ↑ 城峰

どなたかが作られた標識がありました。
城峰からちょっと下った鞍部はタル沢ノコル。
そこからはまた樹林帯のなか、ひたすら登りとなります。







途中鳳凰三山が背後に望める展望台っぽいところがありました。


 ↑ 鳳凰三山を望む

今日の天気は快晴弱風。振り返ると富士山がとてもきれいです。


 ↑ 富士山を望む

積雪がスネ辺りまでになったところで、ワカンに換装。
あとは森林限界ギリギリのところまで、辛抱強く登っていくことになります。





今回の幕営予定地は、亡魂沢ノ頭まであと30分くらいのところにある、小さな窪地。


 ↑ この辺りが幕営地

風の影響が比較的少なく、北岳アタック時の幕営最適地であると思います。
今回はまだ雪が少ない時期なので、夕暮れまでに幕営地に着くことができました。
標高は約2800m弱。しかしここまで登ってもまだ北岳が見えないのが吊尾根のきついところ。
明日の晴天を祈りつつ、シュラフに潜り込みました。



■ 異常なまでの感動

天気予報に反して、翌朝も快晴。
風はありますが、気温の冷え込みはそれほどでもありません。
朝日を浴びながら、ワカンを素手で装着。
テントは設営したまま、風で飛ばないよう、片方のポールを外して、ぺちゃんこにするのが私のやり方です。


 ↑ テントをつぶして出発

亡魂沢ノ頭までは一投足。


 ↑ 亡魂沢ノ頭まであと少し

完全に森林限界を越えると、積雪のない箇所もあり、ワカン歩行の苦しさから解放されます。


 ↑ 快晴です


 ↑ 北アルプス南部を望む

そして、ようやく亡魂沢ノ頭に到着!
亡魂沢ノ頭に立って初めて北岳を望むことができますが、苦労が多ければ多いほどその感動は大きなものとなるでしょう。


異常なまでの感動!



 ↑ 北岳見えました!

ここで、私のバイブル(?)とも言える古いガイド本に書かれた名文をご紹介したいと思います。
著者は山岳写真の巨匠・白旗史朗氏。
作品は『アルパインガイド30 南アルプス(山と溪谷社)』(※ 初版は昭和45年と思われます)。


ボーコン沢ノ頭、ここの眺めこそ王者北岳の息吹きをじかに聞くところ、メラメラと燃え立つ陽炎のかなたには、黒光りするバットレス600mの垂壁がある。
いままでが暗い樹林の急登であっただけに、この突然にあらわれた景観は、異常なまでの感動を呼び起こさせる。



因みにこれは夏山コースとしての紹介文ですが、積雪期のルート紹介も内容豊富です。
まさに山への熱い想いが読み手の心にズシリと響く文章。
今では考えられない濃密なガイドブックです。



■ 北岳バットレスを見上げる

亡魂沢ノ頭から北岳山頂へはまだまだ距離があります。


 ↑ 山頂はまだまだ先です


 ↑ 間ノ岳を望む


 ↑ 甲斐駒を望む

風は結構強いですが、頭蓋骨が割れそうになるほどの寒さではありません。
展望は抜群で、富士山はもちろん、槍穂高や後立山まではっきりと遠望できます。


 ↑ 後立山連峰を望む

寝たのか寝てないのかよく分からない一夜でしたが、私のコンディションも良好。
ワカンからアイゼンに換装し、ハイマツを傷つけないように先へ進みます。


 ↑ 亡魂沢ノ頭を振り返る

風には呼吸があり、烈風吹き荒れるときは、ダイヤモンドダスト攻撃と闘わなければなりません。
北岳がさらに近づき、八本歯の頭の少し手前で、大樺沢越しにバットレスと真正面に対峙できるポイントがあります。
ここから見上げる北岳バットレスの雄姿はまるでヒマラヤの山を見ているかのよう。


 ↑ 北岳バットレスの雄姿

北岳の雄姿の真髄がここにあると言っても過言ではないでしょう。




 ↑ 大樺沢を見下ろす


 ↑ 八本歯ノ頭

という訳で、今回はここで満足してしまいました。
次回訪れるときは、絶対に山頂まで行く!という強い意志をもって、この山行を完成させたいと思います。






       





※ HTMLを使用したレポート掲載については許可を得ております。

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フォトギャラリー

北岳初冬

吊尾根登山口

池山御池 雪は少ないです

池山御池小屋

城峰手前の急登

ボーコン沢ノ頭はまだまだ先です

鳳凰三山を望む

森林限界ギリギリにて幕営

ボーコン沢ノ頭まであと30分

快晴弱風 富士山がきれいです

ボーコン沢ノ頭から望む北岳

北アルプス南部を望む

間ノ岳を望む

甲斐駒を望む

北岳バットレスの雄姿

大樺沢を見下ろす①

大樺沢を見下ろす②

後立山連峰を望む

烈風吹き荒ぶ八本歯ノ頭

次回は登頂できるように頑張ります

・実際に行かれる際は、現地の最新情報をご確認ください。
・ご自身の技術や体力に合った無理のない登山計画で山を楽しみましょう。

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